二人目の狂人-1
「ところでチンさん!どないしたんや?」
オレが狂気の支配人に恐れ慄いている時に、松原がのんびりした声で、部屋に入ってきたクチャおじさんみたいな顔をしたおばはんに聞いた。このチンと呼ばれたおばはんは別に中国人でもなんでもない。ただ顔が犬のチンに似ていたから、皆から『チンさん』と呼ばれている。
「社長さんが来はって、『支配人どこ行った』て言うてはるんよ」
「!」 チンのその言葉で一瞬その場の全員が固まった。
「ボケ!はよ言わんかい!おい、まっつん、麻雀牌早く隠せ!」
岸和田の怒鳴り声を合図に、それぞれがそれぞれの出来ることをし出した。
支配人はオレの隣で気を失い、まっつんは慌てて麻雀卓をひっくり返し、オレはしょんべんをちびってないか確認し、チンはニタニタと不気味にほほ笑んだ。
岸和田はチンが入ってきた扉に鍵を掛けようとしたが、一瞬先にその扉がガチャっと開き、ミスターオクレみたいな貧相なオッサンがチョコマカと入ってきた。
「しゃ、しゃ、社長―――――!」
岸和田が素っ頓狂な声を出した。
「君らは神聖な職場で何をしとるんや?ここは客がナニをするとこやで!まさか君らもナニしてたんちゃうやろな?それもタダで!」
小言をぬかしながら入ってきたこのチンケなオッサンは、このホテルのオーナーの大和川社長。オレらは陰で『オクレ社長』と呼んでいる。岸和田の薄い薄い親戚やけど、それでも血縁が有るだけに岸和田と同じく性根は腐りきっとるオッサンや。
「ま、まさか社長、ボクが社長を裏切ることはありません」
「ホンマかいな?まあ、部屋代払てくれたら別にエエねんけどな」
オクレ社長は迫力の無い猜疑心の目で岸和田を睨んだ。
「ところで支配人はどこいったか知らんか?」
「え〜っと、し、支配人さんですか?え〜、ど、どこ行ったんかなあ」
岸和田がシドロモドロに誤魔化そうとした。
その支配人は、旨い具合に社長から死角になるようにオレの隣でひっそりと死んでいた。 オレの灰色の脳細胞はフル回転させ、オレ自身の窮地から逃れるための行動を取った。オレの窮地とはチンケなオクレ社長に対するしょうもないモンや無い。金や!
「社長〜!支配人さんはオレの横で寝てますよ〜」
オレはムックリと起き上がりながら教えたったのだ。さすがに支配人も麻雀してたとは言われへんやろ。これでオレの負け分はウヤムヤになるがな〜♪
「な、なんやて?キ、キミ、今何て言うたんや?」
社長は起きあがったオレを見て真顔になった。
「えっ?ですから、支配人さんはオレの横で寝てますって…」
オレのその言葉を聞いた社長は鬼の形相となって、甲高い声で怒鳴り出した。
「支配人、起きろ―――!ま、まさか、キミはこの子とナニしてたんか―?」
「はっ?社長『ナニ』って何言うてるんですか、オレがこの支配人のオッサンとナニ?」
オレはその発想にビックリした。ナニ言うとんじゃこのオクレは?考えただけでもゾ〜〜〜っとするわい。
しかし、社長はオレの言う事が耳に入っていないようで、ワナワナ震えだした。なんじゃこのオッサン、どっかネジでも外れたんかいな?まあ、いつものことやけど。
「キ――――ッ!ワシという者が有りながら―――!」
感極まった社長は叫び、寝ころぶ支配人に馬乗りになり、ぽかぽかと支配人の頭を叩きだした。
ゲ――――――!こいつらそんな関係やったんかい―――――!