南風之宮にて 3-1
見送るアハトや王女の心配そうな顔を思い出して、ハヅルはおもしろくなかった。
「……私は何であんなに信用されてないんだ」
「仕方ないよ。君は女の子なんだから」
女兵士や女士官も軍では珍しくなくなったこのご時世に、エイは臆面もなくそう言った。
「僕だって、君を一人きりで送り出すなんてと思ったんだよ」
だから名乗りを挙げたのだ、と彼は続けた。
「君を守れそうなのは、アハトか僕くらいしかいなかったからね」
その発言に、ハヅルは意外に思って斜め後方のエイをちらりと振り返った。
……意外と自信家だ。
なるほど、ツミ好きのするというアハトの形容は正しい。
性質や能力ばかりの問題ではない。
ツミは自分たちよりか弱い人間の、か弱いなりに懸命に生きる様を慈しむものなのだ。
何らかの才能であれ信念であれ、己の内に信じるもののある人間はツミの心を惹きつける。
そもそもの最初にアガラの島主であったロンダーンの祖もまた、ツミの長の心を強く惹きつけ、彼に助けたいと思わせたのだ。そんな、人間だった。
はからずも祖先の口伝にまで考えが及んで、ハヅルはそれを振り払うべくぶんぶんと頭を振った。
エイを相手にその連想は自分でもおかしかった。
アガラ最後の女島主とツミの若長との親交は、ただ友への親愛というだけではなかった、というのが現代の一般的な解釈なのだ。
「ハヅル? 前を見て。君が頼りなんだ」
「……わかってる!」
不安のまじったエイの言葉にハヅルは、小声で、怒鳴り返した。
二人の乗った馬は早々に開けた参道を外れ、樹海を突っ切るコースを進んでいた。
障害物だらけの闇を、道を走るのとほとんど変わらない速度でだ。
ハヅルのツミの視界には、木々の合間を抜ける経路が先まではっきりと見えている。
エイも夜目はきく方のようだが、彼女ほどではない。彼はハヅルの馬の駆ける後ろに、ぴったりとついて来ていた。
恐れる様子はまるでない。
この調子ならば、王子の試算よりも早く結界を抜けられるだろう。敵に遭遇しなければ、の話だが……
そう考えたハヅルの視界の隅で、何かがチカリと光った。
「エイ、止まって」
声をかけてから、彼女は馬を止めた。
「ハヅル?」
彼は気付かなかったようだ。ハヅルは森の向こうに目をこらした。
だいぶ距離はあるが、木々の間に見え隠れする光がある。炎の影。
ゆらめく灯りに、人影が映った。
「敵かな」
「だろうな、剣を持っている」
剣を掲げた歩兵が、徒党を組んで森の中を警戒しながら進んでいる。
味方の騎士が来る予定もないから、敵と見て間違いはないだろう。