南風之宮にて 3-8
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重い瞼を苦心してこじ開けた先には、見知らぬ朽ちかけた天井があった。
彼女はぼうっと、しばらく天井を眺めたのち、ぐったりと力の入らぬ体で無理やり身じろいだ。
「よかった。起きたね」
安堵の吐息とともに、低く柔和な少年の声が耳をうった。ハヅルは首をそちらに傾けて、声の主を確認した。
闇に沈む屋内で、彼は一人、白く浮き上がって見えた。
「エイ……?」
「身動きがとれなくてね。少し休んだら起こそうと思っていたんだ」
ハヅルは頭をおさえてめまいをこらえながら、上体を起こした。着せかけられていたエイの上着が滑り落ちる。
「ここは……」
「小さな廃村。だと思う」
エイは短く経緯を説明した。
宮から最寄りの宿場町を通る街道上は見張りの兵がうろついており、彼はやむなく街道を外れてガレン公城のある東に進路をとった。しかし、川沿いにこの集落跡を通り抜けようとしたところで、集落の外れに見張りがいることに気付いたのだという。
彼は後戻りして、馬を木々の間に隠し、崩落の少ない空き家に入り込んだ。
すぐに姿を隠したから向こうは気付いていないはずだが、騎兵数人と魔族らしき異形の影が二体いたと、エイは断言した。
「騎兵だけなら強行突破してみてもよかったんだけど……」
ハヅルは静かに首を横に振りながら、エイの上着を彼に差し出した。
「私を抱えながらでは無理だっただろう。すまない、エイ」
自分の方が足手まといになってしまった事実に、ハヅルは深く恥じ入っていた。頭を下げた彼女に、エイが目を丸くする。
「私は何時間落ちていた?」
ハヅルはエイが何か言おうとするのを遮って質した。
「……一刻も経っていないよ」
彼は、おそらく彼女の謝罪を打ち消そうとしたのだろうが、遮られて、あきらめたように答えた。
「アハトのときは半日近く寝っぱなしだったから、君もそうなるかと心配していたんだけど」
「アハトが?」
予期せず出された幼なじみの名に、ハヅルは首をかしげた。
「君たちは力を使いすぎるとそうなるんだろう?」
「……!」
ハヅルは黙ったままエイを見つめた。
一族の者が、それもあのアハトが、変化の瞬間のみならず、そんな状態を敵であった相手に目撃されているなど、ただごとではない。
アールネとの戦で何が起こったのか、彼女にはまったく想像がつかなかった。
「……以前、アハトに殺されかけたと言っていたな」
「そうだね」
彼は軽く頷いた。
「先程は、王子とアハトに助けられたと」
「うん。殺されかけたけど、そのあと助けられたんだ」
「……」
あの戦に王子が派遣されて行った折、確かに一時連絡不通となって王宮は騒然としたのだ。
しかし数日後には何事もなかったように勝利の報が届けられた。
帰還したアハトからも、その間に何があったのかは聞いていない。
気になって仕方ないのはやまやまだったが、状況が状況だ。彼女は疑問を飲み込んだ。