南風之宮にて 3-10
「ハヅル、こっちへ……」
彼はハヅルの腕を掴むと、そのままぐいと引き寄せた。そして深く胸にかばった。
広い胸に、強く頭を押しつけられる。
……温かい。
そう、感じた瞬間だった。
大きく心臓が鳴った。
鼓動が早鐘を打ち、みるみるうちに顔に血が上ってくる。
さきほどだって同じようにかばわれたし、抱えられもしたというのに。いや、それを思い出すだけで、体温がさらに上がってくるのだ。
「ハヅル?」
体温の上昇にか、鼓動が不意に激しくなったことにか、エイは気付いて気遣わしげにのぞき込んだ。
「あ、」
「……もう、大丈夫かな」
何でもないのだと釈明しようと口を開けたとき、エイは手を放した。外の偵察の気配が遠ざかったのだ。
バサバサ、と飛び立つ水鳥の羽音につられるように、二体の魔族が背を向けてその場をあとにした。
ハヅルは急いで彼から体をもぎ離した。
胸を押さえながら、ほうと息を吐き出す。
エイは一連の彼女の行動に気付かぬふうに、油断なく窓の外をうかがっていた。
離れてしばらくすると、何事もなかったように鼓動は安定した。
エイも、ようやく脅威が去ったと判断して緊張をほどいた。
「あの魔族たちはさっきからやけに鳥の羽音に反応するんだ。君を捜しているみたいに。仲間を殺したからかな」
エイのつぶやきに、ハヅルは首を横に振った。
今の一幕を彼に気付かれないよう、また自分自身でも深く考えないよう、彼女はつとめて冷静な声を出そうと苦心した。
「……魔族に、仲間意識なんてないはずだ。一人一人が、自分の欲求を満たすためにだけ生きてる」
だから、人里になどめったに出て来くるものではないのだ。
遥か昔ならばともかく、人間が増えて集まり土地を定めて国を建てるようになるころから、世界を満たす空気は魔族にとって心地よいものではなくなっていた。
彼らは肉体の組成が人とはまるで違うのだ。呼吸するのに適した空気の成分すら違う。
だから魔族はそれぞれに適した土地にしか集うことはない。
ただ、そこがたまたま人間の領土であったときには、土地を欲する欲求のままためらいなく殺戮を行う。
話は通じない。人の言語形式を模して会話可能な知性あるものもいるにはいるが、それは言葉が通じるというだけのことだった。
互いに思考の過程が異質すぎて、意志疎通の成った例は有史以来記録にはない。
だからこそ、疑問だった。あれほどの数の魔族を一箇所に集め、進軍させる論理とは何なのだろう。