14.矢部君枝-2
私は身体を翻して塁に抱き付いた。
「お、かなり調教されてんな」
ふざけた調子でそんな事を言うので、私は塁の耳元でクスっと笑ってしまった。そのまま抱き付いていた。暫く、部屋の中に沈黙が流れた。
「やっぱり、塁の事、好きだな、私」
不思議だ。身体がくっついていると、言いたい事がすらすらと口を突いて出てくる。
「智樹の事も好きだけど、塁の事も好き。何にも変わらなかったよ、四か月」
うん、と優しい頷きが耳に心地よい。
「フランスにいても、いい女いないんだよなー。だから毎日のように矢部君と智樹の事を思い出しては俺は泣いてたんだよ。キモいでしょ?」
ハハッと笑って「キモい」と返した。
「矢部君さ、前から言おうと思ってたんだけど、いい匂いがするよね」
私はバッと身体を離し「何、何の匂い?!」と慌てたのだけれど、すぐに塁の手が背中に周り、抱きしめられる。私は勢い余って壁にゴンと額をぶつけてしまった。眼鏡がずれる。
「多分、シャンプーの匂い。まだ変わってないや。良かった」
たった四ヶ月しか離れていなかったのに、随分長い間会っていなかったような気分なのが不思議だった。それだけ会いたかったんだろうと思う。でもそれは、塁も同じで、塁も智樹に会いたかっただろうと思う。それが、再会してすぐにこんな面倒な問題に首を突っ込ませてしまって、また申し訳ない気持ちになってしまった。
「会ってすぐ、泣き顔でごめんね」
「会えたからいいんだよ、そんなんは」
また、頭を撫でられる。童顔の塁に頭を撫でられるのは凄くおかしな気分で、それでも手の温かさのせいか、妙に心地よくて、身を委ねてしまう。
「ねぇ、智樹とは大人のキスをしたんでしょ」
いきなりそんな話に飛んで行った事に驚き「何でそんな話?」と抱きしめられたままで身構えた。
「俺としたら、智樹は怒るかなぁ」
何も言えなくて黙ってしまった。正直な所、怒るかどうか分からないから。いや、きっと怒らないだろうと思う。だって、私達は奇妙な三角関係で結ばれてしまっているから。それを智樹も分かっているから。それでも、怒らないだろうとは言えなくて「さぁ」と曖昧な返答しか出来なかった。
「じゃあ大丈夫だな」
無理矢理自分に言い聞かせるような口ぶりだった。彼は私の顎を優しく支えて口づけをし、そのまま長くて深くキスをした。智樹のように慣れてはいない、不器用さを感じるキスで、心のどこかで安堵する自分がいた。唇を離すと、塁は出し抜けに俯いたまま言った。
「言っとくけど、智樹は違うだろうけど、俺はファーストキスなんだからな。ちゃんと覚えとくからな」
そう言った塁は、今度はあからさまに顔全体を赤くしていた。
塁とのキスと、智樹と星野さんのセックスは全然等価じゃないけれど、塁とキスをした事で、智樹に後ろめたい気持ちが生まれたのは事実で、智樹にこの事を話せば私は少しスッキリするかもしれない、そんな風に思えて、塁に「ありがと」と言った。彼は首を傾げていた。