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朝日に落ちる箒星
【大人 恋愛小説】

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7.星野美夏-2

「ノートぐらいで別にいいよ、それにすぐ終わるんでしょ」
 そう言って彼は、カフェテリアのメニューではなく、自販機の紙パック入りのオレンジジュースを自分で買ってしまった。結局、私は彼にご馳走する事無く、自分のカフェオレだけをカフェで買って席についた。
 わざと空白にしておいた部分と、久野君のノートを見比べて「あぁここだ、ここ」と大げさにその穴が埋められる事を喜びつつ、書き写した。書き写しながらちらりと彼の顔を見た。その顔は全く無機的で、私なんて目の前に存在しないような目をしている。「女の子」として気にしてくれてはいないようだ、とかなり落胆をする。
 ゆっくり書き写しながら「久野君って何かサークルやってるの?」と訊ねると、彼は無機的な顔を崩さずに「やってるよ」と一言だけ返す。
「何のサークル?」
 私は手を止めて彼を見ると、無機的にどこかへ飛んで行っていた視線がこちらへ戻ってきて「まぁ何の変哲もないサークル。呑んだり食べたり出かけたりっていう感じの」と言い、ジュースを飲んだ。私もカフェオレに手を付ける。
「そのサークルって、私なんかでも入れるの? 高等部限定とかではない?」
 その質問に、久野君は少し動きが固まったようだった。数秒、いや、一瞬、固まって「ちょっと今は不思議なメンバー編成になっててさ。嫌な人は嫌だろうなって思うんだ、うん」
 少し困ったような顔で笑う久野君に私は「どういう事?」と更に突っ込んだ。同じサークルに入って同じ時間を共有してあわよくば恋人に......と思っているからに決まっている。
「まぁあれだ、五人いたうちの一人が大学辞めて、残りの四人の男女はそれぞれ付き合ってんだ」
 その言葉に私はカフェオレを飲む手が止まった。付き合ってる。という事は久野君には恋人がいる。これだけ男前な久野君だ、恋人がいたって不思議ではない。その事に考えが及ばなかった自分がバカだった。
「じゃぁ、あのお昼ご飯を一緒に食べてる、髪の長い美人さんが彼女?」
 自然と目の辺りが引き攣ってしまうのは抑えきれないから、前髪を直すフリをしてそれを隠し、彼の顔を見た。すると彼は顔を横に振った。「もう一人の方」
「え、眼鏡の子?地味な子?」
 我ながらとても失礼な物言いだとは思ったが、そう言わずにいられなかった。久野君も笑いながら「随分失礼な言い方すんだね、星野さん」と言ってまたジュースのストローに口を付ける。
「ごめん、ちょっと意外だったから。そうか、それならサークルには入りにくいな。ごめんね、変な事訊いて」
 いや別に、そう言って彼はまた、どこか遠くへ視線を遣ってしまった。髪の長い美人な方なら叶わないかも知れないけれど、私だって高校の頃は結構モテたのだ。あの地味な眼鏡の子になら負けない自信がある。
「あのさ、これから同じグループでお世話になるからさ、メールアドレスとか、教えてもらってもいい?こうして話せる人もまだ、久野君しかいないんだ」
 これは本当だった。シャーペンを忘れてしまったあの件があったからこそ、こうして話し掛ける事が出来るのだ。
「別に、いいけど」
 そう言うと彼は携帯の番号とアドレスを携帯に表示させ、見せてくれた。
「ありがと。何かあったらメールしてもいい?」
 自分で言いながらおかしな事を言っているのに気づいていたが、きっと「あぁ、いいよ」ぐらいで適当にかわしてくれると思った。
「何も無かったらメール、しないでね」
 それは言われた瞬間にお腹の中に氷を入れられたみたいにズンと冷たくて、あからさまに自分の事を拒否されている様で、警戒されている様で、恐ろしく強い言葉だった。私の顔はきっと歪んでいただろうけれど、必死で笑顔を作って「何も無かったらメールしないよ」といってノートを返却した。


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