6.矢部君枝-2
いつかみたいに、押入れから二組の布団を出し、和室に敷いた。
「君枝はこっちで俺はこっち」
智樹が指差す布団の上に座った。
「明日は俺の目覚ましで起きよう。一限に間に合うようにセットしてあるから」
私はありがとうと言って、布団に入った。
「じゃ、電気消すね。おやすみ」
リモコンで電気が消され、私も「おやすみ」と小さな声で言った。いつもはメールでやりとりする「おやすみ」が、隣から聞こえるのは何だかこそばゆい。
街灯の光で薄っすら、智樹のシルエットが暗闇に映る。彼はなかなか布団に入らない。
「どうしたの?」
私は彼の横顔に声を掛けた。彼は暫く何も言わなかった。
「あのさ」
ぼつり、という表現がぴったりなぐらい、零れるみたいに少しずつ話し始めた。
「俺に、ひとつ、プレゼント、くれない?」
私が応えてあげられる範囲ならと思い「参考までに、何?」と訊ねた。
彼はなかなか言おうとせず、まさか身体だなんて言わないよなぁと警戒し、私も半身を起こした。
「キス、ちゃんとしたキス、したいんだけど」
安堵の溜息が出た。もっと手前だったんだ。だけど彼はなかなか口に出来ない言葉だったんだ。
「二十歳の誕生日のプレゼントにしては、ちょっと安っぽいけど、それでもいい?」
そう言うと彼の影がこちらへ動いてきて、私は布団に押し倒された。押し倒すという言葉が似つかわしくない位に、とても優しく。
顔の両側に彼の大きな手の平が置かれると、ふんわりと私ではない人の匂いがした。
そのまま彼の顔が近づき、唇同士が触れる。
唇を舌で舐められ、私は感じた事も無い感覚を覚え、身体に震えが走った。
「大丈夫?」
顔を上げて智樹が訊いたけれど、私は智樹の顔を両手で挟み、私の顔へ仕向けた。
拒絶の震えではない、快感の震えだったから。
そのまま唇を舌で割られ、舌と舌が絡み合った。私はどうしたらいいのか分からなくて、智樹がするように、同じように舌を動かし、そう言えば歯磨きしてない事に気づいて申し訳ない気分になり、それでもキスを続ける智樹が愛おしくて、彼の手のひらに自分の手を重ねた。暖かな手から、熱が送り込まれる。
「ありがとう」
そう言って彼は私から顔を離し、自分の布団へ戻って行った。
自分がそこまで受け入れられた事に驚いた。けれど、よくよく考えてみれば、あの男にキスをされた事はないのだ。ただただ、身体だけを弄ばれていたのだった。私の、きちんとしたファーストキスは、智樹の物だ。