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朝日に落ちる箒星
【大人 恋愛小説】

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2.久野智樹-2

「ねぇ、智樹の誕生日って、秋って言ってなかったっけ?」
「十月十日だけど?」
 俺は彼女に向けて、なぜ?と首を傾げた。
「誕生日会やろうよ、実は私、十月八日なの」
「まじでか」
 サークルでは季節の行事は大体の事をやってきたが、誕生日会はやっていなかったので、俺は拓美ちゃんと君枝の誕生日を知らなかった。
「プレゼントはなしね。毎年やるたんびにプレゼントが増えちゃうから」
 そう言って彼女はカラっと笑った。思わず、別れた理恵と比べてしまう。
 理恵は、プレゼントは男が女にあげる物だと思って疑わない奴だった。だから俺は毎年、少ない仕送りから小銭をかき集めて、何かしらプレゼントをしていた。さすがにプレゼント内容に文句こそ言われなかったものの、俺は一度たりとも理恵に祝ってもらった事がない。
 そんな事より君枝が、「毎年」誕生日を祝う事を想定してくれているなんて、俺の想定外だ。二人の関係がいつまでも続くと思っていてくれているのなら、ありがたい幸せだ。
「そうめんじゃなくてさ、そうだな、鍋とかどう?で、ケーキ買って、お祝いしない?」
 目の前には茶菓子しかないのに、そこに鍋やケーキが実際に並んでいるように、楽しそうに語る彼女を見ていると楽しくて、俺は口元を緩めながら話に聞き入った。
「二十歳だもんな。ワインでも買うか」
 俺はワインを口にした事があるが、君枝はどうだか知らなかった。でも彼女は何も言わなかったし、スパークリングワインでも開けようかと考えていた。
 それに合わせてワイングラスとか、買っちゃう?毎年何となく過ごしてきた誕生日が、途端にイベントらしくなってきた事に、少し浮き足立っている自分がいる。
「じゃぁ、決まりね。十月九日にやろうか?間をとって」
「うん、そうしよう。買いだしも、一緒に行こう。スーパーまで」
 そう言うと何故か途端に恥ずかしくなって、俺は赤面したのだけれど、彼女は平気な顔で、その動作が返事だとばかりに少し顔を傾けて俺に笑いかけてくる。可愛くてたまらない。
 張り合ったって仕方ない。それでも思ってしまう。塁より前にいる。塁より先にいる。俺は君枝の彼氏で、君枝を守って、愛して行くんだ。
 塁が俺より先んじた事は、俺が追い付ておかないといけない。

「じゃぁ、そろそろ帰るね」
 その場を立ち上がった彼女は、手元にあった茶碗をシンクに置くと、鞄を手に玄関へ向かった。
「あのさ、君枝」
 肩までの髪がさらりと揺れて、少し笑みをたたえた顔がこちらを振り向く。
「空港で、塁とキス、してたよね」
 彼女は少し身を固くするのが、雰囲気で察知できた。それでも俺は、喉のすぐそこまできている言葉を、抑える事ができなかった。
「何も、関係を急いでる訳じゃないんだ。それでも、軽く、キス、できないかな」
 俯いてしまった彼女は、鞄を持つ指を真っ白にしている。俺は彼女の髪に反射する光をじっと見つめていたが、それがさっと後方に動いた。
 彼女は笑顔を見せた。
「軽く、からスタートしようね」
 そう言うと、彼女は一歩だけこちらに近づいた。
 俺は、身体を伸ばせば届くギリギリぐらいに近づき、まるでキリンが餌をついばむみたいに首を伸ばして彼女の唇に触れた。
 彼女は俯いているが、口端が上向いている。
「こういうのも、恥ずかしくなくなると、いいな」
 そう言って顔をあげ、視線が合った瞬間に俺は目を伏せた。
 うまい言葉が見付らなくて「そだね」と言って両手で頬を抑えつけた。ムンクの「叫び」みたいだ。手の温度が冷たく感じられる。
「じゃぁね」
「お、送って行くから待って」
 俺は何をやってるんだ。大事な仕事が残っているではないか。携帯と財布と部屋の鍵を持って彼女と一緒に外に出た。
 駅まで送り届けた帰りに、大型スーパーの食器売り場に寄って、形だけでもいいから素敵な、安いワイングラスを一セット買って帰った。
 何はともあれ、塁に並んだ。


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