バースデーパーティ -1
風薫る5月。『Simpson's Chocolate House』のプラタナスの木は、今その鮮やかな緑の葉をいっぱいに広げていた。そしてそれは心地よい風にさわさわと一斉に揺らいでいた。店の入り口脇に立てられたインフォメーション・プレートには、オリジナルのアーモンド入りチョコレートの写真が貼られている。
「このアーモンド入りチョコレートはね、」マユミがドアのガラスを磨いていた真雪に話しかけた。「うちの一番古い商品の一つなんだよ。」
「へえ、そうなんだ。」真雪は手を止めた。
「あなたのグランパが日本で修行していた頃から、彼とグランマが一番力を入れて作り上げてきたものなんだって。」
「おいしいよね、確かに。このアーモンド入りチョコレート。」
「あたしも感動したよ、初めて頂いた時。」マユミは懐かしそうに言った。「もう40年近くも変わらない味、それにパッケージなんだよ。」
「歴史を感じるね。」
「でも、お店やっていくには、古い物と新しい物とを上手にミックスさせていかなきゃいけないの。」
「あたし、この店、そのままでも十分だと思うけどね。」
「『古い伝統にばかり捕らわれてはいけない』っていうのは、グランパの口癖。でもグランマの口癖は『古くて価値のある物をないがしろにしてはいけない』。」
「正反対だね。」
「だからうまくいってるんだよ、きっと。」
シンプソン家の離れ−店の裏にある別宅−では、二人の人物のためのバースデーパーティの準備が進められていた。
「ルナの誕生日が父さんのの二日後だったなんてね。」健太郎が言った。
「ほんまに奇遇やな。で、春菜さんは、何時頃来はんねん?」
「六時頃に来るって言ってたよ。」
「そうか。もちろん泊まっていくんやろ?うちに。」
健太郎は少し照れたように言った。「そのはずだけど。」
ケネスは時計を見た。「もうすぐやな。ほたらわい、アトリエに行ってケーキ仕上げてくるよってにな。」
「うん。よろしく。」
「よく来たわね、春菜さん。待ってたんだよ。」マユミが笑顔で春菜を迎えた。
「すみません、私まで呼んでいただいて・・・。」
「いや、ルナがメインゲストだから。父さんはついでだ、ついで。」
「何やて?」健太郎の背後から声がした。
「あ、いたの、父さん。」
「ついでやと?わかった。もうお前にはこのケーキ、食わしたらへん。」ケネスの手には二段重ねのチョコレートケーキが抱えられていた。
「ご、ごめんごめん。どっちもメイン。メインだから。」
「さ、あがって、春菜さん。」マユミが春菜を促した。
その時、表で声がした。「来たよー。」
「おお、龍、それにケンジおじにミカさんも。遅かったね。」健太郎が言った。
「ごめんごめん、母さんの着替えに手間取っちゃって。」
「イブニングドレスにでも着替えてたんか?ミカ姉。」
「そ、あんたとダンスしなきゃいけないかと思うと、最高におしゃれしたくもなるだろ。」ミカはいつものラフな格好だった。
「変わったドレスやな。」
「俺と踊る時はいつもこんな格好だぜ。」ケンジが笑った。
「早くあがりなよ、みんな。」中の真雪が言った。