バースデーパーティ -2
昨年の夏から健太郎とつき合い始めた月影春菜は、時々こうしてシンプソン家に遊びに来ては、家族に温かく迎え入れられていた。春菜はこの明るく、活気があって妙に楽しげなシンプソン家と海棠家の家族の雰囲気が大好きだった。
食卓の大きなバースデーケーキのろうそくを、春菜とケネスが一緒に吹き消した。
「おめでとー!」
大きな拍手が巻き起こった。
「おおきに、みんな。ここまで生かしてもろうて。」ケネスが言った。
「ありがとうございます。」春菜も小さな声で言った。
「春菜さんは花の19。ケニー叔父さんは幾つになったの?」龍が早速テーブルのチキンに手を伸ばしながら訊いた。
「ケネスは39だよね。」ミカが言った。「一番の働き盛り、ってとこだな。」
「男盛りやんか、ミカ姉。色気ムンムンやろ?」
「いや、パパから色気出されてもねー。」真雪が横目で父親を見ながら言った。
「そやけど、わいもいつお迎えが来るかわからんな。」
「いや、早すぎるから。」健太郎が言った。「男盛りじゃなかったのかよ。」
「そういう気持ちでおらなあかん、っちゅうことやんか。人間。」
「そうだぞ、」ケンジが口を開いた。「もし、今自分の身に何かあったら、と思うと、お前ら子どもたちをしっかり一人前に育てなきゃいけない、って改めて思うってもんだ。」
「龍くんはしっかり育ってるじゃない。」マユミが言った。
「健太郎も真雪もな。」ミカが言った。「どうだ、健太郎。お前ケーキの専門学校に通ってるけど。」
「ケーキだけの学校じゃないよ。一年目はもちろんいろんな生地の勉強や焼き方、デコレーションの仕方なんかを学ぶけど、二年目からはチョコレートや砂糖を使ったお菓子の専門の勉強をすることになってる。」
「ちゃんとこの店の後を継ぐんだ。ケン兄。えらいよね。」龍が言った。
「わいとしては、早う実践力を身につけさせたいところなんやけどな。なにしろわい自身親父直伝のテクニックしか知らへんやろ?健太郎にはもっと広い知識が必要や、思てな。」
「嬉しいもんだろ?自分の後を継いでくれるってさ。」ミカが言った。
「この店も健太郎で三代目、っちゅうことになるからなあ。ようもまあ、潰れもせんと続いてるもんや。」
「大丈夫だと思います。」ウーロン茶を飲んでいた春菜が言った。「こういうチョコレート専門店って、客足が途絶えないから長く続く、って言うじゃありませんか。カナダのトーマス・ハアスなんか、もう100年ぐらいお菓子を作ってるそうですし。」
「春菜さん、よう知っとるな。そうなんや。トーマス・ハアスのチョコレートハウスはバンクーバーにあるんやけどな、ハアス家は今の三代前にカフェをオープンしてんねん。トーマスのひい爺さんの代にやで。」
「この街には唯一だからな、こんな店。」ミカが言った。「いっつも女子高生や暇な主婦連中で賑わってるじゃないか。」
「わいにはな、野望があんねん。」ケネスが目を輝かせて言った。
「野望?」
「そや。客層を広げたい。そのためにやな、」ケネスが怪しげな笑みを浮かべた。「春菜さんを利用すんねん。」
「えっ?私?」春菜はびっくりして顔を上げた。
「若い男ゲット大作戦や。」
「若い男?」
「それもアキバ系オタクの男連中。」
「何だよそれ。」ケンジが呆れて言った。
「知らんのか?お前、アキバ系オタクは、一つのモノに惚れ込んだらとことん時間と金を使いよる。それを利用せん手はないやろ?」
「だんだんわかってきた、あたし。」真雪がにやにやしながら言った。
「え?何、なに?」春菜がケネスと真雪の顔を交互に見てそわそわし始めた。
「何も春菜さんじゃなくても、お前んちには真雪がいるだろ?」ミカが言った。
「真雪はあてにならん。」
「何でだよ。」ケンジが言った。
「こいつは将来、動物の世話師になるつもりやんか。」
「確かに。今は動物相手の専門学校に通ってるからな。」
「家畜臭い娘に萌えるオタクはおれへん。」
「家畜臭くて悪かったね。」真雪が言った。
「おまけに、真雪はいずれは龍のモンになってまう。既になっとるけどな。」
龍は頭を掻いた。
「そやから、春菜さんに白羽の矢を立てたっちゅうわけや。」
「春菜さんはデザインの専門学校に通ってるんだよね。」ケンジが訊いた。
「はい。やっぱり絵の勉強は続けたいし。先々インテリア・デザイナーになるのが今の一番の夢なんです。」
「みてみい、役に立つやろ?この店の内装も、春菜さんに頼んでもっと垢抜けたもんにしよう、思てるねん。」