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『裸』
【サイコ その他小説】

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『裸』-1

プラスチックとコンクリートと硝子で仕切られた此処。
隔離された此処で、与えられた物は時間だけだった。
迫るプラスチック、沈んでゆくコンクリート、硝子の向こうは自由の世界。
パラパラと音を発てて、コンクリートの破片が落ちてゆく。破片と一緒に、自由の世界の土になりたいと願うけれど、時間は悲しくも有り余る。
まだ、土には成れない。破片はまだ連れて行ってはくれない。
硝子が透き通っていなければ良いのに、コンクリートみたいに見せる事を拒否してくれたら楽なのに。自由は、近いのに遠くて素敵だ。
手をめいっぱい伸ばしても、何に触れる事もない。コンクリートも、プラスチックも、硝子にも。触れなくてもいい。
水に触れたり、草に触れたり、太陽や風にも触れる事が出来る。
この硝子の向こう。
落ちて行く事を自分の意志に忠実に、やりのける事も自由なのだろうと思う。
終りのセレクト。
迫るプラスチックを止めたくて、押し当てた手の平に力を込めた。プラスチックの高い壁は、ビクともしない。迫る、迫る。
乳白色の迫る壁は、飲めてしまえそうな色をしている。甘い、ミルクみたいな色。
ミルクは飲んだ事が無いけれど、見たことがあるから間違いない。
隔離したのは、誰でもない自分。自由が欲しくて、この貪欲で小さい人間はプラスチックとコンクリートと硝子を手にいれた。
綺麗だと思っていたそれらに囲まれて、自由を得たいと思っていた。
プラスチックもコンクリートも硝子も、本当はどれも固くて綺麗なんかぢゃなかった。
もう、疲れる事をしたくなくて、自分で自分を隔離した。
一人なら、疲れる事は無いと信じていたから。落ちて、血を流せば、自由だと思っていたから。
コンクリートの欠片は、どんどん落ちて見えなくなる。目を細めて、最後の落ちる瞬間も見ていたかったのだけど、破片は小さすぎた。沈むコンクリートにしがみついて、硝子の壁を見ないように伏せた。
小さい人間は、時間を無視して隔離の準備をした。

落ちる僅かな時間、硝子越しに外が見えたら素敵だろうと思った。
だから硝子を盗んだ。
落ちる僅かな時間、プラスチックのスベスベした表面を見ていたら、怖くないだろうと思った。
だからプラスチックの壁を高くした。

落ちる僅かな時間、コンクリートの冷たい床にへばりついていたら気持ちがいいだろうと思った。
だからどうしてもコンクリートが欲しかった。

長すぎる落ちてゆくまでの時間の中で、全てが恐怖の材料と化した。硝子は当て付けの景色を見せる。プラスチックは迫り、その色だけを主張した。コンクリートは一部が欠けて落ちてゆくたび、不愉快な音をたてた。
落ちてゆく恐怖を、知るための隔離だった。不備は、手遅れの今、実証された。
迫るプラスチック、沈むコンクリート。
堅いそれらの中でただ落ちる瞬間だけを餌に、呼吸をする。
硝子越しの自由を眺めて、BGMは破片の落ちる音。
服も食べ物も人間も居ない、時間だけの此処。眠る事と呼吸するだけ、終りのセレクトは時間任せ。
プラスチックを割って落ちてゆこうと思ったけれど、乳白色の壁は小さい人間の力ではヒビも入らなかった。
それどころか、弾力さえ感じられた。拳を包み込むような弾力。寄りかかってみると、やはり堅い壁でしかなかった。舌を這わせても、表面のスベスベさを確認するだけの行為に終わった。たまに、壁は塩辛い味にもなった。

ふ、と目に入ってきたのは硝子。自由の手前の境界線。それは硝子。何故、今まで気付かなかったのだろう。この向こうに行けば、もう恐怖も疲れも無いのに。小さい人間にでも、透き通って脆いこの硝子は割れる。
小さい人間は小さい拳を振り上げた。割れるという自信があった。小さい人間は目を見開いて、硝子に吸い付くように近づいてゆく自分の拳を見つめた。
短い破裂音と短い悲鳴。空から硝子の雨。
小さい人間は境界線の向こうへと足を踏み出す。足は何も踏めずに、だけど小さい人間は微笑みを浮かべた。微笑みより歪んだ、快楽の淵のような表情。
赤い身体と、硝子の雨と、コンクリートの欠片は同じ目的地へと落ちてゆく。
落ちて、何になるのだろう。何処にゆくのだろう。落ちる間際、ぺしゃりとなる間際、小さい人間は疑問を持った。
小さい人間は、理由を無視して隔離の準備をしていた。不備は、手遅れの今実証された。


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