ユートピア〈待ちわびた世界〉-5
PM十一時
「そろそろ来るんじゃないか。」
誰かが暗闇の中で言った。
全てが上手くいっていた。何度も繰り返したシミュレーションよりも事は容易く運んだ。
発案者は三波だった。高校三年間の締めとして、何か大きな事をやり遂げたいと言い出した。それを実現させるため、こうして二十人強の仕掛け人が集まった。担任の片桐も、今年この学校を去るということで、大目玉覚悟でこの企画の一員となった。彼は見事、四階から飛び降りるという荒業を成し遂げた。いくら体育の教師で、下には大きくて頑丈なマットが敷いてあるとはいえ、物好きな教師である。一ヶ月以上の準備期間を経て遂行された『卒業前に間宮の素顔を暴こう作戦』は、無事フィナーレを迎えようとしていた。
あとは間宮が、びくびくしながら教室を開けた途端に電気をつけて種明かしをする予定である。
「ホントに上手くいったよなぁ、相田。」
三波はそう言った。薄暗くて見えないが、満足そうな笑みを浮かべているに違いない。
「あぁ、いい思い出になるよ。」
だから俺は、そう返した。
「静かにしろ。来たぞ。」
佐藤がざわめきを制した。
さぁ、いよいよだ。間宮は一体どんな顔をしているのだろうか。
フィナーレは近い。
PM十一時一分
卒業。
何ら惹きこまれる要素の無い、その言葉を。
俺に与えてくれたお前らに。
感謝の鉄槌を下そう。
遊びは終わりだ。
お前が本当に死神だというのなら、喜んでこの首を捧げよう。
それさえ今の俺には快楽の極み。
しかし偽りの死刑人だったのなら、そんな事実に用は無い。
三年一組の教室の前。この向こうが、俺を解き放つセカイ。マチワビタセカイ。
そして俺は、勢いよくドアを開けた。
そのドアは乱暴に開けられた。佐藤は慌てて電気をつける。
「卒業おめ・・」
教室内にいた仕掛け人全員の声は、しかし言い終わることなく。
入ってきた人影は、ドアの正面にいた三波に向かって刃物を振り上げていた。
全てが上手くいったのだ。
三波が望んだ結末が、そこにはあった。
間宮の本性は、ついに暴かれた。
ただソレが予想の範囲を超えていただけ。
頬を緩ませながら、躊躇い無く刃物を振り下ろす。
親友の返り血を浴びるソレを、佐藤は間宮だとは思えなかった。
あぁ、俺たちの演じていたそれは何て偽りに満ちていたのか、と。
なぜなら本当の死神は、ここにいるのだから。
血に濡れる床。
木霊する叫び。
怖れを隠さず教室を飛び出す人々。
逃げ道など無いことに、彼らは気付いているのだろうか。
卒業式は、こうして幕を開けた。
完