投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

夕焼けの窓辺の最初へ 夕焼けの窓辺 31 夕焼けの窓辺 33 夕焼けの窓辺の最後へ

第3話-8

「あのっ…!」
英里は、とりあえず弁解をしようとするが、頭が混乱していて何も良い言葉が思い浮かばない。
「…。」
圭輔は、黙って車を発進させた。
理由もなく彼女に拒まれたという事実は、彼の胸を想像以上に深く抉る。
それから車内はずっと無言のままで、英里のマンションの前に到着した。
「ありがとうございました…また…明日…」
躊躇いがちに別れの挨拶を告げると、英里は気まずさのあまり、半ば早足で去っていった。
闇に溶け込んでいく彼女の黒髪を眺めながら、圭輔は最近何度漏らしたかわからない深い溜息を吐いた。
(っとに、何なんだよ…わけわかんねぇ)
彼女は、本当に勝手だ。
求めなければ自分から近付いてくるくせに、求めれば離れようとする…。
たぶん、こんなにわかりづらい女と付き合ったのは初めてだろう。
…だからこそ、惹かれるのかもしれない。ますます、追い求めたくなる。



翌朝から、圭輔は英里に会っても声を掛けなくなった。
元々、校内での2人の接触は目立たないように避けてきたが、今はすれ違っても目も合わせないようになった。…勿論、授業中も視線が交わることはない。
どうやら、彼を怒らせてしまったようだ。
自分の曖昧な態度が招いた当然の結果とはいえ、英里の胸は少し痛んだ。
だが、こんな悩みを彼に打ち明けたら…その後の事は想像したくもない。
他の人と接するように、彼にも自分の綺麗な部分だけを見せられたら良いのに、どうしてそれが上手くできないんだろう。
彼と付き合い始めて、自分の知らない部分がたくさん見えてくる。それは、良いのか悪いのか…とにかくつまらない事でいちいち悩むような自分は好きではない。
それなのに、未だに解決の糸口は見つけられないまま。

―――そんな調子で一週間が過ぎた。
今夜も、英里は図書委員で1人、遅くまで図書室に残っていた。
返却された本を、本棚へと並べる。
気分が塞ぎこんでいるためか、いつものようにてきぱきと作業が捗らない。
ふぅ…と、英里は沈鬱な表情のまま嘆息した。
返却しなければならない本は残りあと少し。気を取り直して、次の本を手に取った。背表紙の棚番号を確認し、配架すべき場所へと持って行く。
ようやく、最後の1冊。
よりによって一番高い所にある本だった。
長身の彼女でも、脚立がなければ最上段は手が届かなかった。爪先立ちして何とか入れ込もうとするが、どうしても届かず、あと少しで届きそうだというのがまた歯痒い。
入れるどころか、うっかり手を滑らせて本を取り落としてしまった。
しかも、それがちょうど彼女の頭上に落下してきたものだからたまらない。
「……ぃったぁ〜…」
ゴツッと鈍い音がした後、ばさばさとページが捲れる音が、図書館内の静寂を破った。
(あーぁ、横着した罰だな…)
英里は思わず頭を押さえて、痛みに唸っていると、
「なーにやってんだよ」
突然、背後から圭輔の声が聞こえ、どきりと心臓が凍りついた。
(えっ、どうして……!?)
英里は痛みを堪えながらも、彼の声がする方にそろそろと顔を向けると、書棚の間の通路の入り口に、声の主が立っていた。
いつもよりも職員室に来るのが遅い英里を探しに、ここまで足を運んだのだが、先程の本の落下音のお陰で彼女の居場所を特定できたのだった。
憮然とした顔の圭輔が、英里を見つめていた。無言で、英里も圭輔を見つめていると、ゆっくり彼女の方に彼が近づいてくる。
咄嗟に、逃げたくなった。しかし、どこへ…?どうする事もできず、英里は、圭輔から顔を背けて俯いた。彼が、すぐ近くに来ているという気配が伝わる。
そして、英里の傍へ来た圭輔は、床に落ちたままの本を拾い上げた。背後に立つ圭輔の腕が、英里の体越しに伸ばされると、軽々と本をしまいこんでしまった。
「入れる場所、ここで合ってる?」
「は、はい。ありがとうございます…でも、どうしてここに…?」
英里は振り向かないまま、小声でそう告げた。
「水越さんが一番理由わかってると思うけど…」
圭輔は伸ばしていた腕を下ろして、英里の頭を優しく撫でてやりながら、その一方、少し堅い声でそう言った。
「…。」
何か、言わなければ…英里は必死で思考を巡らせるが、言葉が出てこない。
振り返ろうとも事情を話そうともしない彼女の様子に、圭輔は少しだけ苛立ちを感じる。
「あっ…」
後ろから突然彼に抱き締められ、英里は身を強張らせた。
「俺さ、水越さんに何かした?」
低く、そう呟いた。
そもそも、最初に自分を避け始めたのは彼女だ。
理由もわからないのに、いつまでも気を揉んでいたところで埒が明かない。
「…。」
さっきよりも近くに、圭輔の声を感じ、ドクドクと、英里の心臓が早鐘を打つ。
今度こそ、何か、答えなければ…本当に彼に愛想をつかされてしまうかもしれない。
だが、言えるはずが…彼の反応を考えると、胸が苦しい。
何度も何度も考えを巡らせては同じに答えに辿り着く。堂々巡りだ。
俯いて、唇を噛み締める。
そんな彼女の煩悶など知る由もなく、相変わらず黙って俯いたままの英里の態度に、もう圭輔も我慢の限界だった。
「もし嫌なら、本気で抵抗すればいい。…止めるから」
そう短く告げると、圭輔は彼女を無理矢理振り向かせて、半ば強引に唇を奪った。
書棚の枠に手を掛け、もう片方の腕で、彼女の華奢な体を抱き寄せた。突然の彼の行動に、英里は抵抗もできないまま、すんなりと彼の腕に収まる。
「!?」
我に返り、腕の中でもがくように身を捩る英里に構わず、圭輔はますます強く唇を押し付けると、彼女も観念したのか、次第に大人しく彼のキスを受けるようになる。
「はぁ…」
長いキスが終わり、英里は軽く吐息を漏らした。
精悍な顔付きをした圭輔が、じっと眼鏡越しの彼女の瞳を覗き込んでいる。


夕焼けの窓辺の最初へ 夕焼けの窓辺 31 夕焼けの窓辺 33 夕焼けの窓辺の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前