南風之宮にて 2-5
動き自体は正道の、融通の利かぬ試合用剣術そのものだ。
王子のするような、目つぶしや大声を出して威嚇などの姑息な実戦戦術は何も見せず、ひたすら剣のみを振るっている。
だが誰よりも速く、強く、そして一切の躊躇なく人を斬れれば、それは十分に実戦的と言えた。
彼の剣は試合ではなく、戦争を戦うための剣だった。
エイの故国である西のアールネは、政情不安な貧しい小国がいくつも国境を接している地域にあり、絶えず侵略し、侵略される戦争を繰り返してきた。
年若い彼が戦場を駆け回っていたであろうことは想像に難くない。
手加減の仕方など、はなから教えられていないのだろう。
戦場に思いはせたハヅルは、ふと思い出してアハトの枝に身を乗り出した。
「お前、西の戦でエイの前で変化したんだそうだな」
アハトが目を上げた。
「彼に聞いたのか」
彼は静かにそう言った。
……否定しなかった。
その事実に、まさか、とハヅルは思わず声を低めて質した。
「……お前、彼と闘って負けたのか?」
「負けてない」
「じゃあなぜ」
「王子が負けたんだ。とどめの瞬間に、変化しなければ間に合わなかった」
ハヅルは息を呑んだ。
世継ぎの王子の命が戦場で危険にさらされた。
いや、単に危険などという言葉では表せない、死そのもののようなあの剣の前にだ。
王子にさほど思い入れのない彼女でも、そんな状況を想像するだけでぞっとさせられた。
「変化してエイを止めて……なんで彼は生きてるんだ?」
「……四肢を捻り切るつもりだったが、彼は避けた」
「避けた?」
「避けた。のちに聞いたら、触れる空気の密度が変わったと感じたので、何かおかしいと思って反射的に避けたのだ、と」
「……人間にそんなこと、可能なのか」
ハヅルはエイに視線をうつした。彼はまたしても王子に手加減するなと怒鳴られている。
「人間の中の、天才ならば、可能なんだろうな」
アハトはぽつりと呟いた。
「範囲を広げて押しつぶしてやったらやっと動かなくなった。死ななかったが」
ぴんぴんしているエイを見ながら、彼は続けた。
「一年の療養を終えて、先月留学して来たんだ。彼の留学がアールネとの講和の条件の一つだった」
「そんな人間がいるのか……」
つぶやきには、知らず感嘆の響きが混ざった。
相変わらず本気とはほど遠いエイの動きを、視線が追いかける。アハトがそんな彼女の横顔をちらりと見て、こう言った。
「あまり彼に懐くな」
「何だその言い方」
ハヅルは顔をしかめた。
「王子も姫も彼を気に入っている。彼自身に何の意図もなくとも、彼のような存在はこの国にとってどう転ぶかわからん」
アハトは再び試合の方に顔を向けた。
試合は進展もなく、二人は延々と剣を打ち合わせている。
「彼らが親交を深めるのは結構なことだが、周囲は注視しておくべきだろう」
だから懐くな、と彼は繰り返した。