南風之宮にて 2-10
「決まったか?」
彼が言葉を失ったタイミングをみはからったように、王子が口を挟んだ。
ハヅルはアハトの返事を待たず、自ら手を挙げた。
王子は頷いた。
「よし。頼んだぞ、ハヅル」
彼はアハトをちらりと見てから、ハヅルに向き直った。
「親衛隊を何人かつけよう。樹海を抜けるのにあまり数は増やせないが」
いいな? と王子が妹姫に目配せする。王女は強く頷いた。
「必要ありません」
ハヅルの言葉に、王子は首を振った。
「いや、必要だ。神域の結界を出るまでケガ一つされるわけにはいかん」
「ただでさえ親衛隊は多くないんです。姫の守りをこれ以上減らせません。数が必要なのはこちらの方でしょう」
「結界を出るまで変化できないのを忘れるな。一人では、不測の事態が起こったときにこちらに連絡もままならない。いいから連れて行け。命令だ」
強い口調にハヅルは黙った。
「……」
「……ハヅル、連れておいきなさい」
王子の命令になおも不服な顔をした彼女に、王女は静かに兄の言葉を繰り返した。
ハヅルは王女の落ち着いた表情を見上げ、数秒考えてからしぶしぶ応えた。
「……姫が、そうおっしゃるなら」
「良い子ね」
王女は満足げに微笑んだ。
王子が感心したように妹姫を見る。
「うらやましいことだな。アハトは俺の言うことなんかちっとも聞かんぞ」
「人徳ですわね」
王女はとりすました表情でそう言い切った。
「そういうものか? 俺はアハトの性格が問題だと思う」
王子はそう深刻そうな口調で言いながらアハトをうかがったが、残念ながら少年は何の反応も見せなかった。
彼はこれ見よがしにため息を吐いた。
「まあいい。親衛隊の人選はお前に任せる」
「ええ……」
王女は思案げに眉を寄せた。自身の親衛隊の面々を思い浮かべながら最適な人選を探るものの、容易ではなかったのだ。
人間態とはいえツミの、進行を可能な限り妨げず、あまつさえ補佐できる者など……
「あの」
王子の背後に控えていたエイが、不意に声を上げた。
虚をつかれて静まった場に、エイは少々委縮した様子で続けた。
「僕でよければ、ハヅルの護衛についていきます」
一斉に注視を受けて、彼はますます縮こまった。消え入りそうな声で付け足す。
「僕でよければ……ですけど」
「エイ、いいのか?」
「よろしいのですか? エイ殿は、危険を冒すお立場ではありませんのに……」
王子と王女は続けざまに彼に真剣なまなざしを向けた。
二人とも言葉の上ではエイを関わらせることを案じている。
王女の言う通り、彼は外国籍の留学生であって、ロンダ―ンの王家に尽くす必要などまったくないのだ。
むしろ彼らの方が、エイを守る責務を負っている。