満月綺想曲-1
そして、冬が来た。
白銀の雪に覆われたフロッケンベルクの森を、ルーディは四足で駆け抜ける。
針葉樹林の間にあるはずの街道は、深い積雪に覆われて、どこが道なのかも判別できない。
これから雪解けの季節まで、フロッケンベルクの王都はこの雪に閉ざされるのだ。
しかし、厚い毛皮に覆われた身体は、吹雪の寒さにも耐えられ、身軽な獣の脚は積雪に沈む事も無い。
時折、雪の森で獲物を見つけて腹を満たしながら、なつかしいフロッケンベルク王都へ向かってひた走る。
一ヶ月はラヴィの元に帰れないだろうが、彼女は件の老婦人の元へ、身を寄せている。
老婦人は今、イスパニラ王都の閑静な住宅街に住んでおり、今後もそこで暮らすそうだ。
驚いた事に、彼女はラヴィから、ルーディが人狼だと打ち明けられても、反対しなかったそうだ。
『私だって、若い頃はロマンスの一つもありましたよ。貴女が選んだのでしたら、それが一番です』
平然と、そう言ったらしい。
針葉樹の森の奥から、狼達の遠吠えが響いてきた。
人狼ではない、ただの狼だ。
それでもルーディの血は高鳴り、歩みを止めて一緒に月へ向かって吼える。
今は遠い地で暮らす住む同族達も、この月を見て吼えているだろう。
バーグレイ紹介の調査により、ヴァリオが一族のために手に入れた土地の事がわかった。
そこに住んでいるのは、もはや本当に数少ない最後の人狼たちだ。
ルーディは彼らの元へ、鎮静剤の調合法を記した紙を匿名で送った。必要な薬草は、あの土地でならごくありふれた野草だし、分量さえ間違わねば、調合もそう難しくない。
それを使うかどうかは、彼等自身が決める事だ。
今日の夜空はよく晴れ渡っていて、雪化粧をした針葉樹たちの向こうには、神々しい満月が輝いている。
こんな月を見るたび、あの時の夢を思い出す。
満月の夜には、鎮静剤を飲んでいても変身して走り間わらねば治まらない。
ヴァリオの言うとおり、狼の血はそう簡単には屈しないのだろう。
いつの日かルーディとラヴィの子孫たちは、こんな満月の夜に、同族へ出会うのかもしれない。
その頃には血はひどく薄まって、変身すらおぼつかなくなるかもしれない。祖先が人狼だなど、知りもしないかもしれない。
けれどきっと、この大きな満月の下で、狼のコーラスを聞けば、血のたぎりは呼び覚まされる。
狼たちの歌う、満月奇想曲は、どんなに時がたっても変わらないのだから。