シシリーナの元・吸血姫-3
ルーディが部屋を出て行くと、アイリーンは煙管の火を消し、サーフィが息子と遊んでくれている隣室へ赴いた。
白銀の髪をした美しい“元・吸血姫”は、子どもと一緒に床に座り込んでゲームに熱中していた。
子ども向けの簡単なゲームだが、サーフィはこういった遊びがとても好きだ。誰かと一緒に楽しむ類のものは特に。
とても孤独な子ども時代を過ごしていただろう事が、それで十分にわかる。よくもまぁ、歪んでしまわなかったものだ。
サーフィの人柄も気に入っているし、いまやバーグレイ商会の欠かせない護衛だ。
バーグレイ首領は、隊商の損失になる事などできないが……
(アイリーン個人としてだからね、アタシの好きなようにやるさ)
アイリーンは、生まれた時からヘルマンと付き合いがある。
あの青年は……フロッケンベルクの『姿無き軍師』は、アイリーンの祖父の代から、バーグレイ商会の取引相手だ。
もっとも『姿無き軍師』の正体は国家機密だし、憶測にすぎない。ただ、あの男以外にはありえないというだけだ。
しかしあの男は、何でもパーフェクトを気取っているが、妙な所で子どもっぽい。
四ヶ月前、それに初めて気づき呆れた。
『僕は、サーフィのそばにいられません。彼女に許されない事をしましたからね』
そういって、密かにアイリーンへ、サーフィを護衛に雇うよう頼んだくせに、いざサーフィと離れる時、まるで離したくないと言わんばかりに、泣きそうな顔で後から抱きしめていた。
いつでも計算ずくめで、自分の気持ちさえコントロールできると思っている悪党が、予測不能の恋に落ちた姿は、感動的ですらあった。
アイリーンも、若い頃は一時、ヘルマンに淡い恋心を抱いた事もあったが、幸いにもすぐに頭が冷えた。
彼は何でもできながら、愛するという事だけはできない。自分自身さえも愛せないと、わかったからだ。
その苦い思い出があったからこそ、あの光景は心に沁みた。
欲を言えば、サーフィと再会して腰を抜かしそうになるヘルマンの姿も見たい所だが、そっちは遠慮したほうがいいだろう。
野暮はごめんだ。
「母ちゃんも入ってよ!」
アイリーンに気づいた息子が、声をあげて呼ぶ。
「お話は済みましたか」
サーフィも、笑みをむけた。
万一がっかりさせるといけないから、ルーディへ頼んだ事は、まだ内緒だ。
それでも彼なら、きっと任務を遂行するだろう。腕利きの諜報員だと、信頼している。
「あぁ、世は全て事もなし、だよ」
ニヤリと笑い、アイリーンもゲームに参加しだした。