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世界から四角く切り取られた破線
【学園物 恋愛小説】

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12-2

「結構な量があるよ」
 積み重なった大小の掲示物を二つの山に分け「こっちが学年、こっちがクラス」と指差した。
「じゃぁ学年のを先にやっつけてこようか」
 掲示物の束を持った浩輔がそう言うので、泉は画鋲の箱を手に、教室を出た。廊下にはちらほらと生徒の姿はあるが、上履きの足音が聞こえるぐらい、静かだった。
「最近あんまり話してないけど、どう? 部活とか」
 何を訊いたら良いのか迷って、結局毎日見ている部活の事を訊いてしまって、泉は言ったそばから後悔した。
「部活とかって、毎日見てるでしょ。あんな感じだよ。泉ちゃんは、だいちゃんとうまくいってるの?」
 あまり突かれたくない話題に「あぁ、まぁ」と曖昧な返事しか出来なかった泉は、画鋲の入った箱を振りながら、思い切って訊いた。
「あのさ、お昼ご飯、どうして一緒に食べないの? 何か気を遣ってる?」
 紙を壁に押さえつけ、画鋲を刺そうとした指を止め、作ったような笑みを寄こした浩輔は「遣ってないよ」と言い、作業を続ける。泉も隣で同じような作業をしながら話を続けた。
「私は、こう君とも一緒にお昼ご飯、食べたいんだけどな」
 自分の顔が熱を持った事に気づいていたが、泉はそう伝えずにいられなかった。夏休み前までは一緒だったのだ。それがどうして今は駄目なのか。
「だいちゃんに、協力してって言われてるからさ」
 泉は目を丸くして「それって協力のうちに入らないでしょ」と即座に言うが、浩輔は画鋲を刺す指に力を込めながら「そうする事で、だいちゃんは気兼ねなく泉ちゃんと話ができるでしょ」とすらすら答える。力を込めた親指は、一瞬にして白く変色する。
 画鋲が掲示板の固い部分にあたってしまい、刺しこめないでいると「かして」と言って泉の横へ並び、親指でぎゅっと押し込んでくれる。またこう君の親指の色が、白くなる。
「でもさ、だいちゃんはいいかもしれないけど、私はこう君と食べたい。それに......」
 浩輔の心臓がどくんと一度、跳ねた。
「それに」
 一つ大きく深呼吸をした泉は、腹を括った。
「私の隣になるはずだったのに、くじ、交換したでしょ。だいちゃんと」
 空虚な瞳を寄越した浩輔が「したよ。だいちゃんのために」と答える。そこには何の感情ものっていなくて、流れ作業でもしたような言草だった。
「全部、だいちゃんのため。でも、もし私が、こう君の隣が良かった、って言ったらどうする? こう君とご飯が食べたいって言ったらどうする? だいちゃんと私、二人に同時に優しくなんて、できないでしょ?」
 全ての学年掲示物を掲示し終えると浩輔は、震える手で古い掲示物を抱えた。
 誰かに優しくする裏で、気分を害する人間がいるという事まで、浩輔は考えていなかった。矛盾を指摘されたようで、隠しきれない狼狽は手指に現れた。
「泉ちゃんは、だいちゃんと一緒にいたいでしょ。だって恋人同士なんだから。悪いようにはしてないと思うんだけど。怒らせるような事、してる?」
 先を歩きながらちらりとこちらを振り向く浩輔の顔を、泉は直視する事ができなかった。大輔と付き合っているという事実。それがある限り、浩輔の言っている事は正しいのかも知れない。俯いたまま無言で教室まで戻った。

 教室の掲示物の方が量が多くて、剥がす枚数も多く、時間が掛かりそうだった。
「後は俺、全部やっておくから、泉ちゃんは部活行っていいよ」
 浩輔はこれ以上、矛盾を突かれてボロを出したくなかった。しかし泉は強い口調で「いやだ」と一言言って、貼ってある掲示物をはがす作業を始めた。
「どうしてそんなに、誰にでも優しくしようとするの?」
 泉の横顔は、少し苛立っているなと、浩輔には感じた。苛立ちをきちんと解消させるためにも、ここに残って俺と話をしたいのか。浩輔は口を開く。
「前にも言った通り、罪滅ぼし。贖罪って言うのか。俺は誰かの為に何かをしてるだけでいいと思ってるから。自分の幸せは求めてないんだ」
 振り向いて古い掲示物の山に紙を置き、取り外した金色の画鋲を箱にしまう。
 泉は苛立ちを隠しきれず、俯いたまま両手に拳を握って浩輔に身体を向けた。浩輔の横顔に向かって前のめりに言葉をぶつけた。
「ねぇ、何があったの。私、知りたいんだよ。こう君の全部。知りたいんだよ」
 顔を上げ、それまで向けなかった視線を浩輔に向けると、偶然にも捉えた浩輔の視線にぶつかった。
「知りたいの。幸せになれないって言ってるこう君の事が好きだから。どうすればこう君が幸せになれるのか、知りたいの」
 泉は、もう全て手放すつもりだった。自分の事よりも、浩輔の事を考えていた。大輔と別れる事になってもいい。浩輔の全てを知りたい。幸せになれないという理由が知りたい。浩輔を幸せにしてあげるにはどうしたらいいのか。
 浩輔は掲示物を壁に押し付けたまま、動けないでいた。全身が拍動するように熱い。どうしたらいいんだろうかと、頭を巡らせる。
 大輔に「協力してほしい」と言われたのに、彼女はそれとは逆の事を言う。言うに事欠いて「好きだ」と。こんな俺にどうしろと言うんだ。
 浩輔は壁に手をついたまま俯き「知ったら、後悔するよ」と言った言葉はくぐもっていた。
「いいよ。知らないより知ってる方が、諦めがつくと思うし」
 近くにあった椅子を一つ引出し、泉は別の椅子に腰かけた。しかし浩輔は作業の手を止めず「俺は作業しながら話す方が、話しやすい」と掲示物の山を振り返り、一枚手に取った。
 どこから話そう。俺には過去が多すぎる。浩輔は少し目を瞑った。過去とはいったいなんなんだ。どの点を指すのか。
「今の施設は二か所目なんだ」
 うん、と泉が静かに頷く。浩輔は何かを振り切るように、瞑った目をぱっと開いた。
「前の施設は、子供が行く刑務所だ」
 泉が息を飲むのが聞こえた。けれどもう、トリガーは引かれた。浩輔は全てを話す決意をした。幼い頃からの話をした。


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