11-1
テスト期間が終わり、泉の成績はろくな物じゃなかった。テスト期間中にだいちゃんが告白なんてするからだと、大輔に責任を擦り付けた。対して大輔は「過去最高の成績」とのたまったので、泉は利き手で頭を何発も叩いた。
付き合いだしたからといって、何も変わらない。水曜日は三人で帰り、毎日五人で弁当を食べる。大輔から携帯に電話がくる頻度が増えた事ぐらいだろうか。夏休みも殆ど休みなく部活が詰まっている。唯一、お盆の一週間は部活動が休みなぐらいだ。テストが明けるとすぐに夏休みがが始まった。
毎日のように郁美、大輔、浩輔、泉の四人は顔を合わせたが、男子と女子が声を掛けあう事は、お互いのコートにボールが入って行ってしまった時に「危ないです!」と叫ぶ時ぐらいなもので、特に強豪チームである男子チームにへらへらと話しかけたりしたら大変な事になる。
今日はバレー部の前にバドミントン部が体育館を使用したらしく、二階席の窓も暗幕も全て閉められていたので、練習前に全て開けに周った。
途中、浩輔と泉が顔を合わせ「暑いね」と久々に言葉を交わした。浩輔は携帯を持っていないので、夏休み中は会話していない。
泉はわざとゆっくりと窓を開けながら浩輔に話しかける。
「お盆は御両親のお墓参りとか、行くの?」
浩輔は一枚幕を隔てたような笑顔をこちらに向け「行かないよ。ずっと施設にいる」と言って窓を開け切り、「じゃぁ」と言って階段を降りて行った。御両親が亡くなっていて、お盆休みは部活も無いのに、墓参りには行かないと言った浩輔の言葉は疑問だらけだった。それは泉の常識に当てはめて考えた物だから、浩輔の常識とは限らない。もしかするとお墓は遠方なのかもしれない。だけどそうじゃないかもしれない。だから泉は何も訊かなかった。訊けなかった。彼は、何かを隠している。
「大槻公園の花火ねぇ」
大輔からの電話に、泉は気の抜けた返答をしたので大輔は『何だよ、行かないのかよ』と不満げな声を出した。ベッドに寝そべって、窓から見える月を眺めていた。
「いやぁ、いいけど、去年は郁美達も一緒に行ってたのに、いいのかなって」
郁美と春樹は付き合っているけれど、幼馴染みたいな彼らは、泉たちが一緒にいたっていなくたって仲が良いのだ。だから去年は、四人で花火を見に行った。
『そこはもう話を通してあります。奴らは同じ日に、大槻じゃない方の花火に行くそうです』
はぁそうですか、と返答をして、月の輪郭を指でなぞった。吹いたら飛んでいきそうな細い三日月だった。
泉は、一か八かで彼の名前を出した。
「こう君、誘わない?」
電話の向こうで沈黙があってから、大輔が「あのさぁ」と少し冷たい声で口を開く。
『俺と二人じゃ不満? 俺達付き合ってるんだよね? デートも出来ないの?』
次から次へと積み重ねられる言葉に泉は「ごめんごめんごめん」と重ねて謝り、「二人で行こう、ね。二人で」と言うと大輔が携帯の向こうでニコっと笑ったような気がしたので、ほっと胸を撫で下ろした。
「やっぱり場所取りしておくんだったなぁ」
少し丘になっている広い芝生は、沢山のレジャーシートと人で埋まっていた。慣れない浴衣を着ている泉は、早く花火が終わって家に帰って着替えたかった。
「あそこ、ちょっと入れてもらおう」
そう言って少しだけ空いていた隙間にレジャーシートを敷くと、大輔は泉を手招きした。慣れない服装で、歩くのもままならない。花火が始まるまであと数分という所だった。
「凄い人だね。こりゃ迷子になったら大変だ。去年こんなに人いたっけ?」
大輔は視線が定まらない様子で黙り込んでいる。
「何か言いなよ、しかとしてないで」
「だってさぁ、浴衣姿、初めてじゃねぇ? 見てると何か、緊張するっつーか」
額に浮かんだ汗をタオルで拭っている。
「綺麗だなぁと思ってさ。映えるよ、凄く」
珍しく大輔が素直に褒めてくれた事が妙に恥ずかしくて嬉しくて、泉は頬を赤らめた。苦労して着てきて良かったと思った。綺麗だって。だったらこの姿を、見せたかったな。こう君にも。人の心が読める時代はまだ先である事に感謝すらした。
「あ、始まった」
大玉が一発、青黒い空に散らばったのを皮切りに、様々な花火が打ち上げられた。
泉も大輔も、両手を後ろについて空を見上げた。夜風がすり抜ける時に、硝煙が鼻を掠める。夏の匂い。花火の大きさは大きくても小さくても、この匂いだけは同じなのだと、不思議な気持ちになる。
出し抜けに大輔の顔が目の前に出てきて、唇を重ねられた。一瞬の事で、逃げる隙も無かった。逃げる、と考えた自分が何だか可笑しかった。
「何すんの」
泉は大輔を笑顔で睨みつけると、彼ははにかむように俯いて「好きだ」と言ったのか、口元が動くだけで、花火の音に阻まれて泉の耳には届かなかった。