僕とゴン-1
夜が恐い。
朝がくるから。
静寂が恐い。
頭のなかに過去が流れてくるから。
深夜、僕は部屋の明かりもつけずに、自分を探していた。
秒針の音がやけに大きく感じる。その一秒一秒が拷問するかのように僕を削り取っている気がした。
僕はただただその音が恐くて、耳を塞いだ。
−−静かな時が流れる。
でもそれはほんのひと時で、すぐに声が聞こえた。
僕の心に巣くう声。僕を縛るあいつの言葉−−。
「おまえ、生きてて楽しいのか?」
そういってあいつがケラケラと笑う。あいつが僕と同じ世界にいる限り、楽しくないに決まってる。それを知っていてあいつはそう聞くのだ。
「楽しくないよな? だったらさ。死んじゃえよ」
まるで心を読んだかのようなあいつの一言。
その時はただ僕を傷つける一つの道具だった−−。
この静寂は僕を哲学者にする。なぜ自分は生きているのか? なぜ僕はまだ死んでいないのか?
そして暗闇には新たな世界が創造される。
いつか行った青空の下の草原のような、鳥は歌い、蝶々が踊る幻想的な世界。
僕はそこに行きたい。こんな悪意の満ちた世界には存在する価値なんてない。
やっぱり、死のう……。
僕のどこかから不意に現われた言葉だった。それが答えだった。
その瞬間世界がかわり、僕の生は死を求めるためのものになる。
机から100円のカッターナイフを取り出した。
暗くても黄色く目に映るそれは子供のおもちゃに思えた。カチカチカチッという、刃物には似付かわしくない音を聞くと、よけいにそう思う。
薄っぺらな金属。本当にこれで死ねるのかな?
疑いながらも僕はカッターを手首に当てた。確かに強く当てると、今にも肉が切れそうだった。
必然的な死にも走馬灯のように記憶が巡った。
大きな残酷とたくさんの屈辱。小さな同情と意味のない励まし……。
そのどれもが僕を傷つけた。みんなが僕を別世界の人のように見ていた。
もしかしたら本当の同情かもしれないし、励ましかもしれない。でも僕はそれを信じられなかった。
僕の心は人の心で壊されてしまった。
壊れた僕はもう元に戻りそうにない。もう幸せを願う心はとっくに錆付いてしまっている。
こんな自分は嫌だから、誰かを傷付けてしまいそうだから、やっぱり死ぬしかないと思う。
僕は手首にあてたカッターナイフを、少しだけ引いた。
左手首にチクッとした痛みがある。でも傷は浅く、じんわりと血が出るだけだった。