僕とゴン-2
引けない……。
死という楽園への入り口が見えていても躊躇ってしまう。この世界に未練がなくても右手を力強く引けなかった−−。
部屋の片隅で音がした。この部屋にあるもう一つの命。小さなハムスターの生命の音。
僕は両手をダラリと下げて籠の方へと近づいた。右手にはカッターナイフ。左手からは赤い鮮血。
僕が死んだらきっと誰も世話をしてくれないから、お前も死ぬんだよ。
……ごめんね、ゴン。
トントン−−。と籠を叩いても、ゴンは暗い中で、一心不乱に向日葵の種をかじっているだけだった。
それは生きたいという意味なの?
ゴンは籠の中での“生”を繋ぐために懸命だった。
“生”に執着しなければ人間なんて生きていけないんだ。でも、僕にはもうその力は残っていない。だから、お願いだよゴン。
僕と一緒に死んで……。
ゴンは食べるのをやめ、警戒しながら籠の中を彷徨った。
僕が死ねば君も死ぬ。
でも僕は、生きようとする君の命を奪う事は出来ない。
でも僕は死にたい。この世界から放たれたい。
ねえ、僕はどうしたらいいの?
ゴンが返事をする訳がないけど僕は聞いてしまう。
ゴンはまわる遊具の中を走りはじめた。足がついていかなくてこけるけど、また立ち上がって走りだす。何度も倒れるけど、何度も立ち止まるけど、永遠に続くループの中を前に進もうとしていた。
わかったよ……。
保障のない楽園と可能性の小さな未来。
どっちがいいかを比べてみたって、大差ないかもしれない。
だから−−。
君が命を捨てるまでは僕も生きているよ。
君のために、もう少しだけ生きてみるよ。
君がもし死んでしまったら……、それからの事はその時考える事にするよ。
だから君も、僕のために生きてくれる?
僕はカッターナイフの刃をしまい、左手首を強く押さえた。
僕はまだ死ねない。たった一つの生きる理由を見つけてしまったから……。
いつのまにか走るのを止めたゴンは、小さく円らな瞳で僕を見ていた。
END