真夜中の告白-6
言葉を濁すマヤに、久保田がさらに身を乗り出して答えを求める。
「やっぱり、僕じゃダメなんですか? そりゃ、僕はまだ学生だし、先生は綺麗だから他にいっぱい男の人から誘いもあるかもしれないけど、でも僕は」
「ねえ、聞いて。さっき見たでしょう? 社長と何をしていたのか、わかってるんでしょう?」
「それは……はい……でも、何か事情があるんですよね? 少なくとも、僕には先生が楽しそうには見えなかったですし……」
久保田のどこまでも真っ直ぐな視線が肌に突き刺さるようで痛い。とにかくその視線を振り払いたい思いで、マヤは必死になって言葉を吐き捨てた。
「久保田くん、君は本当に何にもわかってない」
「先生……」
「社長のことだけじゃないの。教えて上げるわ、わたし、生徒の父親たちとも何度も寝ているのよ。あのね、久保田くんに思ってもらえるような、素敵な女じゃないの。汚れているの、もう、取り返しがつかないくらいに汚れているの……」
言葉にしてしまうと、自分でも予想できなかった悲しさが胸に広がった。汚れている、これ以上ないほどに。すべて自分が招いた事態であり、後悔はないはずだった。それなのにこんなにも悲しい。視界がぼやけ、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
ガタン、と大きな音を立てて久保田が立ち上がる。両方の拳を震えるほど強く握り締めて、耳まで真っ赤にして怒鳴る。
「先生は汚れてなんかいません! 僕はこの教室で先生のこと、いつも見てきました。子供たちだって、先生がいるから楽しくここに通ってきているんじゃないですか……先生の笑っている顔、僕は大好きです。僕は何にもできないかもしれないけど……先生がそんな悲しそうな顔しているとき、ちょっとでも支えになりたいって思うのは、変ですか? おかしいですか?」
「久保田くん……」
「先生のこと、僕はまだ全然わかってないかもしれません。でも、誰とどんなことをしていたとしても、僕は先生が……いや、あの、先生の力になりたいって思うんです。それでも嫌だっていうんなら、あきらめます。もし、僕のこと嫌じゃなかったら……今度、いつでもいいんで一緒に遊びに行きませんか?」
「何回言わせるの!? わたしは君にそんなふうに言ってもらえるような資格ないって……」
「僕も先生のこと何にもわかってないかもしれません。でも、きっと先生も僕のこと、何にもわかってないですよ」
久保田の言葉がじんわりと胸に染み込んでくる。無理にマヤに近付こうとはせず、一定の距離を保ったままで必死に話す様子がいかにも純情で、眩しかった。マヤは深くため息をついて、ふっと力無く笑った。
「もう……久保田くんってこんなに強引な子だったっけ? もっと奥手でおとなしい子だと思っていたわ」
「ええっ、強引でしたか? す、すみません、あの、なんか必死になっちゃって……」
「負けた、今日のところは久保田くんの勝ち。それで、今度どこに遊びに連れて行ってくれるって? 楽しみにしてるわ。そのとき、またゆっくり話しましょう……その代わり、教室ではこれまで通り頑張ってね」
「も、もちろんです! 先生の都合の良い日を教えてください。そしたら僕、その日に合わせて遊びに行く場所とか考えますんで……でもあんまりオシャレな場所とかわかんないんで、すみません」
頭を掻きながら照れ笑いをする久保田を見ながら、ほんの一瞬、久保田とふたりで歩む未来を夢想した。穏やかにお互いを思いやり、慈しみながら過ごしていく時間……それが決してあり得ない未来であることを知りながら。
(つづく)