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最期の落陽
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最期の落陽-4

act.3 「私の願い、君の願い」
少年は病院に向けて歩き出した。
彼は言った。『死ぬかもしれない』と。その表情から、彼はすぐ後ろに迫るそれに恐れ、もがいていることが計り知れる。
けれど、それが救いになることもある。
少年には、まだ分からないかもしれない。
私は完全に日が沈みきった、黒い海を眺める。
生きることに意味が無いと悟ったとき、死に意味が生まれる。
だから私には、死は絶対的な意味を持ち、強烈に甘い香りをはらむ。
何度も考えた思考にふ、と自嘲し私は海岸を後にした。

目覚めは、いつも同じ景色。
オーシャンビューを宣伝文句にしている高級ホテルの一室で、私は朝を迎える。
備え付けの時計に目をやる。
2006.10.5AM11:00
確認して私は、シャワーを浴びに浴室に向かう。
当たり前のように日々は過ぎる。
時の流れに逆らうことなく、ひとは成長し、老い、死んでいく。
あの少年は、けれど老いることなく死んでいくのかもしれない。
いや、あの少年だけでなく、そのプロセスを辿ることなく消えていく命は、それこそ無数にあるのだろう。
だから、羨ましいと。私は思う。
部屋を出て、受付でチェックアウトを済ます。
「西部さまですね。一泊のお会計は一万八千円になります」
外に出て、近くの定食屋に入る。
横に座った五十くらいのおじさんは、競馬新聞をにらむ。
私は興味の無い視線を送りながら「メインレースは5−12ですよ」と言った。
おじさんは鼻で笑い、「そんなわけあんめぇ。きたら百万馬券だよ、おにぃさん」と言った。
私は強くは押さなかった。
そのおじさんが私のアドバイスを聞き入れたか分からないが、5−12で勝負は決まる。
私は知っている。
十月五日。
首相は米大統領との会談を二時間で済ませ、夕刻の新聞にふたりの握手の写真が掲載される。宮城県沖で震度3の地震が発生、被害者はゼロ。競馬のメインレースでは、一番人気が直線で斜行、降着になり百万馬券は史上三番目の高配当。
それは結果であり、不変の事実。

私は閉じ込められたのだ。
十月五日という井戸のなかに。

今日を何度も生きた。何日も何百日も何千日も。今日を生きすぎて、十月四日を思い出せない。おそらく人の一生分を、私は今日一日に費やしている。
夜寝て、朝起きると、また同じ日々。寝なくても意識は途切れ、朝あのホテルで目を覚ます。
永遠に今日を生きなければならない。
そう、それは不死という名の地獄。
分かりきっている世界のなかで、もはや感動は生まれず、感情は湧かない。
私は思う、生き続けるということは、死ぬことと同意である、と。
だったら死ねば良いって?
あぁ、私は死んださ。
ある時は車に轢かれ。
ある時はナイフで心臓を突き刺し。
ある時はホテルの屋上から飛び降りた。
けれど目覚めると、十月五日が始まるのだ。
しかも死ぬ直前の痛みの記憶を持ちながら。
私は途方に暮れた。
途方に暮れながら、海を眺めた。
そしてあの少年に出会った。
彼には、もう時間が残されていなかった。
――― 限られた命のなかで、ひとは何を思うのだろう?
限りない時間に支配された私には、分からない。だから強烈に惹かれた。
「死」を欲しがる私と、「死」を拒む少年。
『生きることって、そんなに難しいことなの?』
少年のいつかの言葉が、胸を締め付ける。
のうのうと生き続けている私には、その問いに答える資格は無い。

ザザァ
ザザァ
ひとり、今日も海を眺めている。波は行ったり来たりを繰り返し、何かを象徴しているかのように。
タッタッタッ
ほら、彼が来る。
今にも泣きそうな顔で、潮風に誘われて。
これで何度目だろう。
君は私にこう聞くのだろう。「何をしているんですか?」
さて、私はどう答えようか。
ザザァ
ザザァ


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