投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

最期の落陽
【その他 その他小説】

最期の落陽の最初へ 最期の落陽 1 最期の落陽 3 最期の落陽の最後へ

最期の落陽-2

act.1 「在る世界、無い未来」
医者は僕の目を見ていなかった。だから、それは嘘だと気付いてしまった。
「本当は、どのくらいの成功率なんですか?」
白衣を纏った男は、一瞬戸惑い、僕の後ろに立つ両親に視線を向けた。父親が、その視線に頷き、了解を得た医者は言った。「半分もないだろう」
僕は目を閉じた。
どうしてなのだろう。
心は、驚くほど静かだ。
命を授かったその瞬間から、死に怯え僕は十五年間。
弱い心臓を持ちながら綱渡りのように生きてきた。
生きることを苦しいと思ったことはない。
けれど、楽しいと思ったことも、ない。
医者は僕の肩に手を置いた。「怖いかい?」
僕は目を開ける。「うん、怖い」
「大丈夫、おじさんを信じて。必ず成功させる。そして君は丈夫な体を手に入れるんだ」
医者は、歪な微笑を作る。そしてそれに応えるように、僕も笑う。堪えられずに、両親は泣いた。
それは手術を一週間後に控えた、穏やかな昼下がりだった。

神様はいるのだろうか。
もしいるのならば、僕の願いは叶えてくれるだろうか。
僕は生きたい。
生き続けたい。
ずっとずっと、この世界にいたい。

四階の病室から、外に広がる大洋を見遣る。
無限に、青。
それよりも広く、悲しみが広がっていく。
残された日々の使い方が思いつかない。
だから悲しい。
一面の青が、ひどく無機質に冷たさを宿り、僕はうつむいた。
例えば十年後を思い浮かべる。二十五の僕は、どんな環境にあるのか。どんな仕事をして、どんな恋人がいて、・・・どんな笑顔をもっているのか。
そしてその時の僕は、元気に日常を駆け回っていられているだろうか。
涙が溢れる。
イメージなど湧かない。
数日後の自分さえ遠く。
だから数年後の未来など、僕に近づくはずがない。
心の内をどす黒い何かが這いずり回っている。この感情を誰かにぶちまけたい。全くのあかの他人に知ってもらいたい。


十月五日
手術前日、僕は病室を抜け出す。
波音を聴きたかった。それをこの耳に残しておきたかった。
病院からまっすぐ続く道を進む。前方からは潮風が揺れる。
ザザァ
一度も海水浴などしたことが無かった。
だから目の前の光景はいつも観賞用の額縁のなかに収まっていた。
ザザァ
ただ単調に繰り返す波の行き来は、きっと明日も続いていく。
僕の知らない、明日も。
世界は変わらず続いていく。
ふと堤防に座っている男と目が合った。
「・・・こんにちは」
僕は微妙な空気を持て余し、声をかけた。「何をしているんですか?」
ザザァ
ザザァ・・・


最期の落陽の最初へ 最期の落陽 1 最期の落陽 3 最期の落陽の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前