待ち人、来ず-1
離れた九条を横目で見やって、一人の神官が彼のあとを追った。
寂しげな影を落とす九条に、黒紫の髪を高く結った青年が後ろから近づいた。
「葵は記憶が戻っていないんだ、自ら人界に戻らないのは俺たちと異世界の王とを天秤にかけているからではない」
「・・・大和か」
九条はその青年を大和と呼んだ。
落ちついた色合いの着物に身を包み、脇に刀を差した見た目二十代前半の男だ。
九条や仙水のように葵のもっとも近くにいた神官のひとりで、おそらく自分と同じ感情を葵に抱いているであろうことは薄々感じている九条だった。
「俺達は・・・・・
どこまで行こうとも葵にとって従者でしかない・・・・だが今傍にいる異世界の王たちは、葵にとってただの"男"なんだろうな」
九条が神官である限り、そして葵が王である限り・・・永遠に彼の望みは叶えられることはない。もっとも近くに居ながらにして、もっとも遠いこの距離・・・・・。
九条は異世界の王が羨ましく、妬ましかった。
ただ愛する気持ちを葵に伝えることが出来たら・・・ただそれだけで・・・九条には十分すぎるほど幸せなことなのだ。
交差することのない関係を永遠に続けるより、たとえ短い間でも心通わせることが出来るなら・・・きっと九条は後者を選ぶだろう。
「・・・九条、
お前のそのままの気持ちを葵に伝えたことはあるか・・・?」
「・・・あるわけがない・・・」
「・・・お前は自分の気持ちに蓋をして生きていくつもりか?そんなんじゃ異世界の王たちに葵を奪われても文句は言えないぞ」
脅しとも後押しともとらえられる大和の言葉に九条は、はっとした。
「・・・・俺はもう己を偽ることはしたくない・・・葵が戻ったら、俺は俺の気持ちを伝えようと思う」
そう静かに言う大和はこぶしを握り締め、今までのことを悔いるように強く目を閉じた。