届かない声-1
仙水やほかの神官たちは悲痛な面持ちで九条を見つめている。
「葵様は・・・
なんとおっしゃっているのですか?」
仙水がエデンに問う。
人界の王である彼女がその運命からは逃れることは出来ない。だが・・・今しばらくの猶予ならば、と仙水は考えていた。
「葵はまだ記憶を取り戻してはいない。俺の顔と名前、神官という言葉にわずかな反応がある程度だ」
「記憶が戻るのを待つ必要はない。
この世界に戻れば一瞬だ」
九条は譲らない。
あの時、守れず死なせてしまった愛しい人が新たな命を得てすぐそこにいる。いますぐ彼女を取り戻し・・・二度と離れぬよう、葵を苦しめる者をこの手にかけることも九条は厭わない覚悟だ。
エデンは九条の危険な眼光にエクシスのそれと似たものを感じる。
「・・・言っとくが」
「いまアオイを連れ出せば彼女の人格は崩壊し、抜け殻になりかねないぞ」
「アオイという人格に用はない。その"アオイ"がこの世界に戻るのを拒むなら・・・人格崩壊はむしろ好都合か」
「・・・九条・・・
葵様もアオイ様も心はひとつ、あちらの世界の方々と今生の別れとなることは避けられないのですから、記憶が戻るまで・・・せめて待ってあげられませんか?」
「・・・・・別れ辛いってお前が一番わかってることだろ」
それまで黙っていた深い海の色の髪の少年が仙水をフォローした。蒼牙と呼ばれ、葵に弟のように可愛がられていた神官のひとりだ。
「・・・・・・・」
しばらくの沈黙のあと、空を仰いで背を向けた九条はどこかへ行ってしまった。九条のそのような態度は・・・諦めや落胆の意が含まれている。
皆の姿が見えなくなった場所で九条は立ち止まった。
“九条・・・・”
耳に残る葵の声。
目を閉じれば優しく微笑み、手を差し伸べてくる生前の葵の姿が見える・・・。
「葵、お前は今何を想う・・・?
異世界の王たちといることがお前の幸せなのか・・・?」
「・・・どうか今すぐ私の元に・・・葵・・・・・・」
九条の瞳から一筋の涙が零れ落ちた・・・。