若き富田林氏、苦悩す-3
「亀やん、ここよう見とけよ、シーツは二人で息合さなアカンからな。例え相手がチンさんでもや」
岸和田はチンさんと二人で糊の効いた新しいシーツを広げ、手際良くそれを下マットにセットした。続いて枕カバーを器用に被せた後、ソファーに掛けてた上布団をベッドに被せよった。
「見てみ、完璧やがな。どこから見てもまっさらな部屋やんけ♪」
「ホ、ホンマやな…」
なるほどと一瞬納得したが、そう思えてきたオレ中ではまた一つ何かが少し崩れたようや…
「亀やん、次は冷蔵庫とコップな。この客ビール飲んでたやろ。泉大津が洗面所でコップ洗てるから見といで」
洗面所でコップ洗てる?回収して機械洗浄ちゃうんか?いぶかしく思いながらオレは洗面所に向かった。
「この客、ビールは飲むわ茶ぁ飲むわコーヒーまで飲むわでカナン客やでぇ。飲まんとヤレっちゅうんじゃ」
泉大津は洗面所の鏡に映るオレに向かってボヤきながらコップを手でゴシゴシと水洗いしてよった。
「オ、オイ、手で洗ってるだけか?洗剤とスポンジは?」
「そんなん最初から無いで」
「マジか…」
この日何回目かのセリフがオレの口から出てきた。しかし、次の瞬間、オレの驚きは最高潮に達した。
「オイッ泉大津!お前ナニでコップ拭いてるんや!」
「ナニて、タオルやんけ、他に拭くモン無いやんけ」
驚くべきことに泉大津は客が使っていたフェイスタオルでコップを拭きだしよったんや。
「亀やん、その籠から消毒済みの紙取って」
「ま、まさかお前…」
「何驚いとるねん、お前もチョットは手を動かせや」
泉大津はそう言いながら、籠から消毒済みと印刷した紙を二枚取り出し、驚愕するオレを余所にその紙でコップを包みよった。
オレは一体どこに来てしもたんや…
「これ、冷蔵庫の上に置いといてや、その時コーヒーとお茶のセットをケースに入れるん忘れたらアカン。ホンでお湯の量も見とくんやでぇ」
泉大津は処理したコップをオレに渡しながら次々に指示を出しよった。
オレは言われるまま、冷蔵庫の上にコップを置き、インスタントコーヒーとティパックのお茶を冷蔵庫の上のそれぞれのケースに補充した。そして、ポットの横窓でお湯の量を確認した。
「お湯3分の2ほど入ってるぞ」
客が使ったフェイスタオルで洗面所の水滴を拭く泉大津に向かって叫んだ。
「ホンなら大丈夫やろ」
泉大津が叫び返す。泉大津からの一通りのレクチャーが終わると、また岸和田が声を掛けてきた。
「亀やん、洗面所が終わったら次トイレ教えるわ。ホンマはゴミを集めるヤツがするんやで」
オレが近づくと、待ち構えていた岸和田がトイレのドアを開けた。
「うっわ、ションベン飛び散ってるやんけ!どんなチ○ポしとんねん。亀やん、風呂のタオル取って来て」
嘆いた岸和田が言った言葉が信じられなかった。まさか、これも…
「ト、トイレ用の雑巾とかは?」
「そんな無駄のモンあるかいな。客が使ったタオルで拭くんや」
「マジか…」
オレは、そのタオルが一緒くたにされたまま洗濯され、また、客が使うと思って身震いした。しかし、このままでは終わらないので、タオルを取りに行き、それを岸和田に差し出した。
「何やってんねん。亀やんが拭くんや」
「マジでか…」
オレは覚悟を決めて、客が使った湿ったタオルを使って、床に飛び散った液体を撫で広げた。
きっしょ〜〜〜
「まあ、そんなんでエエやろ」
床の状態を見ていた岸和田が背中越しに声を掛けた。ホンマにこんなんでエエンやろか?
「最後にここのゴミ箱、念のために見とかなアカンで」
「このゴミ箱て生理用のヤツちゃうんけ?生理の最中にヤリに来るヤツ居るんか?」
「それが結構居るんや」
「マジか…」
オレの中でまた何かが崩れて行きよった…
「そうそう、トイレではこれ忘れたらアカンで。これやってるだけでメチャメチャ清潔感溢れるようになるんや♪」
岸和田はそう言いながらトイレットペーパーの端を三角に折りたたんだ。
『砂上の楼閣』
ペーパーホルダーからはみ出る三角形を見ながら、オレの脳裏にこの言葉がよぎった。
…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…
どや、にいちゃん。オレがラブホテル使わんと窮屈な車内を好んで使てた理由が解ったやろ。まあ、これはセコイ社長とアホなバイトがセットになったあのラブホテル限定やと思うけど、万が一が有るやろ。
さすがのオレもこの時は一気に疲れたがな。しゃーけど、にいちゃん今までのはホンの触り部分や。この後にもっとトンでも無いことが起こったんやでぇ―