若き富田林氏、苦悩す-2
「あれは扉開けたら鳴るんや、やり逃げ防止やな。お、おい、こら亀やん、覗いたらアカン!客が廊下を通りすぎるまで顔だしたらクレームつくがな」
岸和田め、細かいこと言いよるで。よっしゃ!
「オイオイ、今のんメッチャ若かったぞ。高校生ちゃうけ!」
「ホンマか?ちょっとオレにも見させろや」
オレの報告に前言をひっくり返した岸和田が廊下を覗き込んだ。岸和田ぁ、お前、調子良すぎじゃ!
「ウソやウソや、岸和田、お前も必死やのう」
「なんやババアやんけ!しょーもないウソつきやがって。オイ、泉大津!お前のゴールドフィンガーでこのウソたれをいわしたれや!」
「アホ!この技はお前専用にしたんじゃ」
おっ、泉大津強気やんけ。岸和田のパシリからレベルアップしよったで!
「ふん、しょうもないヤツらやで。もうええわい。行くぞ!」
「ははは、おもろ」
ニヤニヤしながら岸和田に付いて部屋に入ると、ラブホテル特有の淫猥な雰囲気が漂っていた。
「ホンだら亀やんに教えるから、順番に一個づつ見てもらおか。え〜と、風呂のローテーションは誰やった?亀やんに風呂教えたってや、オレはその間ゴミ捨てとくわ」
「オレや、亀やんコッチコッチ。風呂はイッチャン面倒やからローテーションにしてるんや」
松原がオレを手招きしつつ風呂場へ入った。その途端、イキナリ怒鳴り出しよった。
「うっわ、ハズレやんけ!ハラタツノリな客やのう!」
「ナニ怒っとんねん。ハズレてなんや?」
「見てみ、湯船使てるやろ。湯ぅ抜くだけでも時間かかるんや。それに湯船も拭かなアカンやろ。しゃーから、湯船使う客はハズレなんや。今の客に不幸を」
松原が両手を合した。
「なるほど、ホンだらアタリは湯船使わんシャワーだけの客のことやな」
「そうや、ホンで大アタリはシャワーも使わんとするヤツらや」
「げぇ!そんなヤツ居らんやろ。文明を拒絶しとるがな」
「そこが世界の広いところや、そんな野獣もタマに居るもんなんやで」
「ホンマかいな、オレは世間知らずやったわ。オレは文明的な石鹸の香りがエエ」
「オレは野獣もアリやな。『シャワー浴びてから』て嫌がる女のパンツ脱がすだけで興奮するやんけ」
「オイオイ松原くんよ、素人童貞のキミが何をオゾマシイ妄想を膨らませているのかね?そういうセリフは素人女のパンツを一度でも脱がしてからいいたまえ」
ああ、きしょ…
「じゃかまし!まあ、それはええとして、湯が抜ける間にシャワー周りからやろか。亀やん、そこにバスタオル有るやろ。それ取って」
「それて客が使たヤツのことか?」
「そうそう、それや」
「ゲ―!きっしょ―!どんなヤツが使たか解らんのに触れるけ―!」
「アホ、割り切れ!風呂に入る様な清潔なヤツが使てんねんから気にするな」
「うわっ、湿ってるやんけ、うっわ、きっしょ―」
「うるさいやっちゃなぁ、はよ持ってこいや。そうそう、ホンでそれで風呂場の濡れてるところ拭きとるんや」
「ちょっと待て、客が使たタオルで拭くんか?イヤイヤそれ以前に洗剤で風呂場洗わへんのか?」
「新しいタオル使たら勿体ないがな、それにイチイチ風呂洗てたら時間の無駄やんけ。余分なタオルと水使こたら社長にも怒られるしな。第一、客はそんなん気にせえへんわ」
「マジか…」
「オイ亀やん、何呆けてんねんな、使えんやっちゃなぁ」
「カルチャーショックや…」
「文化も無いヤツが何ぬかす!お前、ココもうええからシーツ替えるところ見てこいや」
ココはトンでもない世界や。昨日までのオレはなんちゅう世間知らずやったんや。今、オレの中で何かが少し崩れた…
部屋の中ではゴミ捨てが終わった岸和田がチンさんと一緒に上布団をめくってるところやった。
「おっ、亀やん、風呂わかったか?」
岸和田はそう言いながらめくった上布団の様子を覗きこんだ。
そして、「よし、上布団はOKやな」と言いながら、上布団のシーツは剥がずにそのまま横に有るソファーに掛けよった。
「おい、OKてなんや?上布団のシーツ替えへんのか?」
まさかと思いオレは岸和田に確認した。
「おう、キレイやしまだまだ使えそうや」
下マットのシーツを剥ぎながら岸和田がトンでもないことを言いよった。
「マジか…」
「大丈夫や、下のマットの方は毎回替えるから衛生面はOKや。それにクリーニング増えたら社長の機嫌が悪なるしな。それに客にはわからへんて大丈夫大丈夫」
剥いだシーツを床に置き、次に枕カバーを外して床のシーツに放り込む。
「何が大丈夫やねん。やっぱり、お前の一族はどっか壊れてるんちゃうけ?」
「アホ、商売の鉄則は効率よくちゅうことや。大和川社長――!オレは付いていきまっせ〜!」
「うるさいわい!叫ぶな」