若き富田林氏、名士と面会す-4
オレは気の進まんままに、岸和田に付いて控室に入っていった。控室は8畳の和室で中には更に3人の人間がめいめい寛いだ様子で座ってた。
その内の一人は岸和田と同じく中学の同級生の松原。通称「まっつん」。もう一人は岸和田の高校の同級生で確か泉大津やったかな?最後のクチャおじさんみたいな顔のおばはんは知らんわ。
3人の向こう側の壁の一面には天井まで届くスチール棚があり、そこには補充用のタオルが積まれ、その横には籠に小分けにした補充用のクシ、紙、コンドームが入っていた。
「おはよう、亀やん連れてきたでぇ」
岸和田の声で3人がこちらを振り向いた。
「おっ、亀やんも今日からかいな」
気さくに手を上げたのは松原。こいつもプー太郎や。
「亀やん、仲良うしてな」
チビで人懐っこい顔して言ったのが岸和田のツレの泉大津。しゃーけど、こいつは大手スーパー【オオイエー】で働いてたはずやけどな。
「自分、岸和田のツレの泉大津やったな。なんでここに居るんや、オオイエーはどないしてん?」
「ま、色々あってな。辞めたんや」
「辞めたんとちゃうちゃう、馘や!閉店後にちょくちょく商品持ち出してんのがバレよってん。アホやろ」
「岸和田、お前もその恩恵与ってたやんけ!お前がテレビ欲しい言うからそれ持ち出そうとしてバレてんど!責任感じろや」
岸和田の小バカにした言い様に、泉大津が睨んだがひょうきんな顔には迫力は無い。
「オレはちっちゃい小型テレビが欲しい言うたんや、それやのにチビのくせしてデカイテレビ持ち出そうとしたんはお前やんけ」
「かつて偉人は言った。『そこにデカイテレビがあるからや』と」
アカン、こいつらアホや。
「あんたら悪いことしたらアカンで、おばちゃんそんな話聞いたら悲しいわ」
仲間内の話に、クチャおじさんみたいな顔をしたおばはんが加わった。それに泉大津が噛みついた。
「黙れ!チン!」
チン?
しかし、怒鳴られたおばはんはどこ吹く風といった様子。
「亀やん、このおばさんはチンさんや。今回馘にならんかったのは石川さんとチンさんだけなんやで」
岸和田がチンさんを紹介した。
「チンさん?中国の人か?」
それにしても日本語が上手やったな。
「ちゃうちゃう、よう顔見てみ。犬のチンに似てるやろ。しゃーからチンさんや」
えっ?犬のチン?チンてどんな顔してたやろ?と思いながら、おばはんの顔をマジマジと見てみた。
「うわー!ホンマや!そっくりやんけ!どぁわっはっはっは!それでチンさんかい――!わっはっはっは―」
あっ、しもた!一般常識が有るオレが初対面でなんちゅう失礼なことしてしもたんやろ。オレは恐る恐るチンさんの反応をチラ見した。
「気にすんな!チンさんは打たれ強いからええねん。馘にならんかったんは打たれ強いからなんや」
なるほど岸和田の言うとおり、よく見たらさっきと同じくどこ吹く風といった感じで、気にした様子もなかった。
「何がええんかようわからんけど、チンさんよろしくやで」
オレが軽く頭を下げると、チンはニヤリと微笑んだ。
「はい、よろしく」
ホンマようわからん不気味なおばはんやな…
「大体、これくらいかな、あと他にバイトが二人居るけど今日は休みや」
「ちょっと待て!ムチャ人数少ないやんけ!タイムカード見たけど40人以上居るはずやで」
「あれか?あれはコピー社員や!従業員一人に対して最低一人はコピーができるんや」
「どういうこっちゃ?」
「多分今頃はお前の『富田林亀太郎』のタイムカード下に『富田林亀次郎』が並んでるはずや」
「はあ?オレには亀次郎なんて弟居らんど」
「節税や!バイト増やしたことにして給料を払たことにしとんのや!」
「お前、それ節税ちゃうやんけ!脱税や!絶対バレるど!」
「さあ、そこは地元の名士やんけ!上手いことやりよるやろ」
「脱税はアカン、おばちゃん悲しいわ」
「黙れ!チン!」
オレ以外の3人が一斉にチンに罵声を浴びせた。
オレ、ホンマにこんなとこ居って大丈夫なんやろか?
…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…
チョット休憩しようか。なっ、にいちゃん、聞いててわかったやろ。入った途端にこの調子や。オレが苦労したんわかるやろ。まだまだこんなもんちゃうで!