戻るべき処-1
「そこの、お姉さん。さっきからずーっとそこに立ってますけど、ここでイベントでもあるんスかね?」
「え? わたしかしら……いえ、ただ友人を待っていただけなのだけれど……」
妙齢の女は、俺の顔を見て怪訝そうな顔をしている。
それは、無理もなかった。耳にはピアスをして、長髪を後ろで縛り、その一部を赤く染めている。着ている服もパンク風のものである。
まっとうな生活をしている人間なら、俺のこの格好を訝しく思うだろう。
女は、白地のシャツにジーンズの素朴な服装で、化粧っ毛も薄かった。
誰か人待ちなのだろうと思っていたが、携帯に出た後にしばし悄然としていたのを俺は見ていた。
「あ、そうなんスか。だいぶ長く待ってるみたいですけど?」
「え、ええ……ちょっと、来られなくなったって、今電話きちゃって」
「そうスか、そりゃ残念スよね。お姉さん、結構遠くからここまで来たんでしょう?」
「そうだけど……なんでそこまで分かったのかしら?」
「いやあ、まあ、勘スね。ここには結構長く住んでますから。折角来たんだから、遊んで帰りませんか? 昼飯、まだでしょ?」
「え、いや、わたしは……もう帰りますから」
「え、なんでなんで? 俺、そんなに悪人面してるかな? お姉さん、さっきションボリしてたでしょう? 俺、カワイソウだなって思ってたんだけど?」
「やだ、あなたずっと見てたのね……」
「ハハハ、お姉さん、綺麗だから見とれちゃって……」
「わたし、お姉さんじゃないわ。もう、おばさんよ」
女は三十代のように見えたが、三十代の前半か後半かはよく分からなかった。
あるいは、落ち着いた服装からして人妻なのかもしれない。
その辺りは問題ではなかった。彼女のどこか清楚で素朴な存在感が、灰色に淀んだこの街には場違いな気がして、声を掛けたのだ。
「お姉さんでもおばさんでも俺が見とれたのは事実ですから。あ、そうだ。お姉さんじゃ呼びにくいから、名前教えてくださいよ。俺はユウジって言います」
「……ナオコよ。もう、強引なのね、君は」
俺が名乗ってから、一拍おいて、根負けしたかのように彼女はナオコと名乗った。
艶のある黒髪は肩下までまっすぐに伸びて、彼女が動く度に光を吸い込んで輝いて見えた。
少し厚ぼったい唇はうっすらとだけ口紅を塗って、どこか憂いを帯びた瞳と相まって、大人の色気を感じさせる。