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雑踏の片隅で
【その他 官能小説】

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戻るべき処-6

「あのね、わたし、人妻なんだ」
「へぇ、そうですか」
「ユウジ君、おばさんの人妻なんかの誘いに乗って、失敗したって思ってるでしょう?」
「ハハ、まさか。前に言いましたけど、俺にとって人妻とかはあまり関係無いんですよ」
「節操が無いのねェ。女だったら、誰でもいいの?」
「そりゃあ、ちょっと違うな。俺は人を見る目は、それなりにあるつもりですから」
「わたしにお世辞言ってるつもりなの? 若いくせにあなた上手いのねェ」

 ナオコは、少々アルコールが回ってきているのか饒舌になっていた。
 
「わたしの夫も、ユウジ君みたいな考えなのかしらね」
「俺みたいな男は、そんなにたくさんはいないと思いますけどね」
「でも、浮気されちゃったわ」
「……ナオコさんから見て、旦那さんは普通の人に見えますか?」
「……そうね。別に変わったところは無いように見えるわ」
「それなら、いつか戻るべき処に気づきますよ。普通でないなら保証できませんけど」
「戻るべき処、ね……普通でないって、どういう事なの?」
「たとえば、俺ですかね。俺のような男は、結婚しない方がいいんでしょう」
「そんなこと……」
「だから、たぶん旦那さんは大丈夫ですよ。一度きりの過ちっていうのかな、そのうちナオコさんの所に戻ってきますよ、普通ならたぶんね」

 俺がそう言うと、ナオコはグラスのカクテルをグビリと飲み干した。

「若いくせに、分かった風な事を言うのね」
「これでもそれなりに苦労してきたんスよ。まあ、そうは見えないでしょうけど」
「それに、意外と優しいのね」
「俺みたいなのを優しいと思ったら、危ないですよ。あ、自分で言っちゃマズいな」

 俺は頭を掻いて、笑って見せた。ナオコも優しい笑顔で俺を見つめた。

「そろそろ、出ましょうか。帰りの電車、なくなっちゃうんじゃないですか?」

 俺がそう声を掛けると、ナオコは静かな表情で黙ってうなずき席を立った。
 俺はそれとなく、座席の横に立つナオコの腰を抱いたが、今度は俺の手から離れなかった。
 ナオコはアルコールのせいか、ほんのりと顔を赤くして、何か思いつめたような顔をしている。
 カウンターで精算すると、俺達は店を後にした。

 外を歩くと、ナオコがそれとなく俺の腕に軽く手を回して抱えている。
 俺は、ナオコの腰に手を添えて歩いていた。

「ナオコさん、少し酔ってる?」
「少し気持ちいい感じはするわ。でも、酔っ払ってはいないでしょ?」
「そうかな、だって、若造相手に腕なんか組んじゃってるし」
「……いけない?」
「いけなくはないよ」

 俺は腰に添えていた手を、少しナオコの豊かなヒップのあたりにずらしてみた。
 ナオコは体を少しビクリとさせて、俺の顔を一瞬だけ見た後に顔を俯けた。

「……あのね、何か、モヤモヤしてしょうがないの」
「今日は、時間は大丈夫なの?」
「……ええ」
「俺は、そんなに優しくはないかもよ?」

 ナオコはそれには答えなかったが、組んだ腕を離そうとはしなかった。
 俺はナオコの腰を気持ち強く抱えたまま、近くのホテルまで歩いて行くことにした。
 その間、俺達はお互いを抱えてただ歩くだけで、何も話さなかった。


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