戻るべき処-4
俺は少々強引に一枚の名刺のようなカードをナオコに渡した。
それに、アドレスが書いてあるのだ。
こういう展開はよくあるので、俺は女に渡すカードを何枚か携帯してある。
いかにも遊び人といったやり方だが、俺は敢えてその遊び人を装ってもいた。
あくまで、遊びなのだ。相手にも、態度でそう仄めかす意図を込めているつもりだ。
俺が遊び人風の格好をしているのもそうだ。
本気にはならないし、本気になってもらいたくもない。
俺には特定の恋人など必要ないし、ナオコの言うところの”愛”も不必要だった。
では、何故俺はこんなことをしているのか。それは、俺にもよくわからない。
去る者は追わず、来るものは拒まず。
俺なりのやり方だ。帰ろうとするナオコを強引に引き止めたりはしない。
アドレスを渡したからといって、当然返事がくるとは限らない。
それでよかった。返事が来ないなら、それはそれでしょうがない。
だが、渡したカードを物憂げに見つめるナオコの表情から、俺はなんとなく返事が来るような予感は感じていた。
夜、ナオコと別れた後に、その答えはすぐに来た。
今日は一日ありがとう。それだけのメールに、俺はどういたしまして、とだけ返信した。
すぐに返信が来たのは、彼女が律儀だというだけの理由ではないような気がした。
何か心に鬱屈したものを抱え込んでしまっている、それがわずかに表情に出ていた。
思いの外、ナオコからのメールは頻繁に来た。
ほとんど、取るに足らないような内容だが、俺は丁寧に返信していた。
仮に彼女に射中の人間、あるいは夫がいたとして、あまり束縛されていないのだろうか。
あるいは、放置されているのか。
少なくとも、彼女の周囲に携帯のメールをいちいち確認するような男はいない。
俺にとっては都合のいい話だが、そのメールのやりとりは十日ほどしてなくなった。
ナオコからのメールが来なくなったのだ。
去る者は追わず。来ないのなら、そこまでの話だ。俺からメールで詮索したりはしない。
だが突然なので、気にはなった。
さらに十日ほどが経ち、少々ナオコの事を俺も忘れつつあった頃に、メールが来た。
ただ、会える? とだけ書いてある。
たったこれだけのメールに、何か彼女の決意が込められているような気がした。
俺は、いつでも、と返信した。間もなく、場所や時間を指定したメールが届いた。