佇む男-2
幸いだったのは、お袋が警察沙汰にしなかった事だ。
俺が家を勝手に出たからといって、警察に追っかけられるような事にはならなかった。
お袋にとっては、むしろ俺が消えたのも喜ばしいことだったかもしれない。
俺はなけなしの貯金で街に出て、しばらくの間劣悪な労働環境の中、ガムシャラに働いた。
劣悪な分、身分証明がどうの、学歴がどうのとうるさい事を言われなかったのも幸いだった。
仕事はキツかったが、辛いとは思わなかった。
あの静かな狂気に包まれた家に戻ろうなどと、今の俺にはあり得ない事だ。
金が貯まると、野宿を止めて部屋を借りた。
借りる時はいろいろ面倒なこともあったが、それでもどうにか住処を得た。
さらに働きもっと金を貯めると、一旦仕事は辞めることにした。
今までやれなかったことを、やってみようかという思いが出てきた。
それで、女に手を出した。
最初はうまく行かなかったが、試行錯誤しながら女をゲーム感覚で掴まえるのが、なんとも楽しい。
お洒落を覚えて、言葉巧みに女をたらし込んで、自分の部屋に誘導する。
女の肉に溺れて、危険な女に手を出し、間一髪の目に会ったりもした。
やがて、そういった時期が収まると、俺は一体何をしているのかという自己嫌悪に陥った。
これでは淫蕩な親父やお袋と、やっていることは同じだ。
皮肉にも、あの両親の血を濃く引いている事の証明なのかもしれない。
もはや親父やお袋が今どこで何をしているのか知らないし、気にもしていない。
俺は、一体何をしているのか。
人として大切な何かがぽっかりと抜け落ちてしまっている。
そういう自覚は、どこかに強くあった。
それでも、俺はこの雑踏の片隅で立ち尽くして、獲物を探して目で追ってしまっているのだ。