異形愛染-2
女は30代後半から40代半ばと言ったところだろうか、細身できゃしゃな感じである。黒くて長い髪もしばらく櫛(くし)を通していないのであろう、まるで艶も無く、そろわず切れ切れである。同じように、いつから着ているのやら、黒っぽい着物も裾やら袖やらがボロボロに解(ほつ)れ、恐らくそれ以外に着る物を持っていないのであろう事が伺えた。
「夜分申し訳ありません。道に迷って難儀していましたところ、灯りが見えたものですから、助けては頂けないものかと、お尋ねしました」
女は丁寧な物腰でそう言うと、小屋の扉を開けてくれた猟師の父親に向かって深々と頭を下げていた。
どうやら妖怪や、化け狐の類ではなさそうである。
猟師は女を小屋の中に招き入れると、囲炉裏のそばへと席を勧めた。女は招かれながら静々とした足取りで。板張りの座敷へ上がり込み、小屋の真中にある囲炉裏端へと腰を下ろした。
囲炉裏には息子が拾ってきた薪の炎が、暖かく燃えていた。
「こんな夜更けに女の山歩きとは物騒なもんだが、……訳ありの急ぎ旅でもなさっているだかね」
父親の猟師が、囲炉裏を隔てて女の合い向かいに腰を下ろしながら、そんな事を尋ねた。
横になっていた息子も立ち上がると、女の事を気遣ったのか、回り込んで父親の後ろに身をよかし、また ”ゴロン”と横になって、腕枕で首を持ち上げながら二人の話に聞き耳を立てていた。
「いいえ、行く当てが有っての旅をしている者ではございません。訳あって里を離れて以来、季節ごとに土地を移動しております」
そう語る女の話を、少し曲がった腰を伸ばす様な格好で、父親は聞き入っていた。
どんな訳が有るのかは他人の事ゆえ、あえて聞くつもりはなかったが。それでも世の中には、いろいろな諸事情を抱えた人が居るものだと、親父は顔を渋らせもする。
そんな猟師の顔色を伺ったのだろうか、女はこうも語った。
「此処しばらくは暖かく過ごしやすかったので、山野で野宿をしてまいりましたが。昨日ほどから急に冷え込むようになり、難儀したおりました。初霜が降りる前に南へ向かうつもりでしたが、足取りが遅く、ようやく此処までたどり着き、ご迷惑とはおもいましたが……」
「いやいや何の、礼には及びますまいて」
父親は、恐縮しきったような女の顔を見据え、出来るかぎりの柔和な顔をすると、その労を労うかのように微笑みを返して居た。
山に生き、獣を追う、無骨な老猟師の優しい笑顔に、女の緊張も幾分和らいで行ったことだろう。
女は囲炉裏端に正座したまま、腹の中にしまい込んだ荷物を大切そうに着物の上から抱えて、横になることはなかった。
猟師たちは遠慮無しに、床に横になって。息子は幾分まどろみも始めていた様子である。
「随分大切(だいじ)な物らしいが、取ったりはせなんだで、脇にでも下ろしてあんたも少し横になったらええだが」
猟師の父親は女を気遣ってそう声をけたが。
女は黙って首を横に振ると、抱えた荷物を放そうとはしなかった。
父親も余りおせっかいな事を言って女に気をもませても悪いだろうと、それ以上言うのは止めたようである。