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深海の熱帯魚
【純愛 恋愛小説】

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.18 寿至-1

 海で遊んで時間潰しになる程、俺達は子供じゃないと思っていた。が、実際はどうだ、もう夕方もいい所。
 本当は夕方になる前に、酒だの菓子だのを買いに行って......なんて考えてたのに、既に海に向かってオレンジ色の夕日が伸びている。それでも、こんな海を、拓美ちゃんと見る事ができるなんて、俺は幸せ者だ。
「海、綺麗」
 ガードレールに寄り掛かる拓美ちゃんも同じ事を思っていたようで、レンタカーに乗り込むと「ね」と俺に向かって微笑んだ。
「綺麗だなー。拓美ちゃんと見てるからか、五倍は綺麗に見えるな」
 そう言って彼女を見ると、ふふふと口を押えて笑っている。
 俺は車を発進させた。近場にあるスーパーに買い出しに行くためだ。
 俺達はまだ未成年だから飲酒はできないが、まぁこんな時だから、ちょっとはいいだろう。
 どうやら皆、飲酒の経験はあるらしく、多少なら飲めるという奴らばかりだ。
「ねぇ至君」
 珍しく、拓美ちゃんが俺の名を呼んたので驚いた。「何?」
「理学部の森さんって助教、知ってる?」
 俺は頭を巡らせた。助教クラスになると、俺達との繋がりもあって名前を覚えていたりする。
「あぁ、あのイケメン」
 思い出した。民間の研究機関から移って来たやり手の助教だ。
「そう、イケメン。私、彼の事好きなんだ。どうにかならないかな」
 俺は咄嗟にブレーキを踏んだ。危うく後ろから追突されるところだった。クラクションが後方から派手に鳴り響く。はっと我に返り、車を進める。
「そうなの?好きなの?」
 裏返る声はどうにも制御できない。きっと俺が拓美ちゃんに気がある事ぐらい、拓美ちゃんは知っている筈だ。俺が拓美ちゃんにのめり込み過ぎないうちに、俺に諦めさせようとする魂胆か。彼女なりの気遣いか。
「まぁ、生徒、しかも学部の違う生徒と助教じゃ、どうにもならないのは分かってるんだけどね。話し掛けたりしたら、変かなぁ?」
 俺はその話題にどう対処したらいいのか分からず、返事も出来ず、とりあえず車を運転し続けた。
「変だよね?」
「いや、変じゃないと思うよ。名前覚えてもらってさ、会うたびに挨拶してたらそのうち、振り向いてくれるんじゃないかなぁ?」
 全く信憑性のない話だ。彼女も「バカだなコイツ」と思って聞いているだろう。そう、俺は今、公開処刑の真っ最中なのだ。好きな女に「あなたではない人が好きだ」と言われたのだ。だがしかし、俺は諦めが悪いのだ。一度好きになった女には、振り向いて欲しい。が、幸せにもなってもらいたい。
「至君って、優しいよね」
 運転している横顔に、微笑みかけられるのが声色で分かる。更に好きになる。俺は諦めが悪い。

 酒やつまみなどの食料を二日分買い込み、再び車に乗った。心持ち少な目にしたが、いざとなったら民宿のおばちゃんに声を掛ければいいかと、そういう話になった。
 再び車を発進させると、先程と同じように「至君」と声を掛けられる。運転中は顔を見る事ができないのが悔しい。「何?」
「塁と智樹君と君枝ちゃんの関係って、どう思う?」
 いきなりそんな事を訊かれて驚いた。俺が訊きたいぐらいだったから。
 あの三人は複雑に入り組んだ関係にありそうだ。男嫌いの君枝ちゃんに思いを寄せる智樹。塁は何を考えているのかよく分からない。それでも君枝ちゃんを気にかけている様子だし。三角に収まり切らない三角関係。
「よく分からないよな、あの三人。君枝ちゃんとそう言う話、しないの?」
 赤信号を視界に捉えた俺は、彼女の方を向いて話しかけた。彼女は目を伏せて「そこまで突っ込んだ話はしないなぁ。私は森先生の話、君枝ちゃんに話したのに、彼女はそういう話は全然。てゆうか、あんまり自分の事を話したがらないんだ、彼女」
 少し淋しそうな顔をする。俺は車を発進させて「そうなのかぁ」と下手な相槌を打った。
「塁は君枝ちゃんの事が好きなんだよね、きっと」
 拓美ちゃんの言う推測に対し返答に困ったが、俺は塁が以前言っていた言葉をそのまま話した。
「好きとかそういうんじゃなくて、気になる存在って言ってたよ」
「気になる、ねぇ......」と俺の言葉を反芻している。「好き」と「気になる」の間には一体何があるんだろうか。
「智樹君は?」
「智樹はちょっと分からないな。あいつもあんまり自分の事話さないタイプだからさ」
 あぁ分かる分かる、と拓美ちゃんは笑っている。何しろ智樹は、理恵ちゃんとの付き合いが長過ぎて、智樹が理恵ちゃん以外の女性に思いを寄せるとしたらどんな行動をとるのか、俺は知らない。少なくとも今までの彼の行動を見ていて、君枝ちゃんに気があるのは確かなようなのだけど、肝心の君枝ちゃんは男が嫌いだし。
「君枝ちゃん、男苦手だしな......」
 そう話をしたところで宿に到着した。


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