Sweet Sweet Sunday-1
日曜の午後は、いつもキッチンから甘い、お砂糖の香りが漂ってくる。
今週はケーキを焼いている様だ。
キッチンの奥から甘い香りと一緒に、母さんの鼻歌が聞こえてくる。
いつの頃からだろう。こんな風に、母さんが日曜に限ってお菓子を作り始めたのは。
私が小学校へ入学する時には、もうそれは、日課の様になっていた。
初めはただの趣味だと思っていた。
だけど、こう何年も続くと不思議に思えてくる。
前に一度だけ、その事を母さんに尋ねた事があった。
「どうしていつも日曜日にお菓子を作るの??」
しかし母さんの答えは、
「かおりは忘れちゃったの??…そうよね、もうずっと前の事だから」
そう言って、ちょっと寂しそうに笑うだけだった。
【かおりは忘れちゃったの??】
何を??
【もう、ずっと前の事だから】
何が??
私が何かを忘れてる??
それは何の事なのか、今も分からない。
もう一度、母さんに聞こうと思った事もあったケド、言葉がうまく出てこなかった。
ピピッピピッピピッ
「あ、焼けたわ。今ちょっと手が離せないから、かおり、オーブンからケーキ出して」
「うん」
ミトンをはめて、私はオーブンを開けた。
イイ匂いがする。甘くて、優しくて、懐かしい。
そう、とても懐かしい香り。
えーんえーんえーん
私は泣いていた。
転んで怪我をしたワケでも、誰かにいじめられたワケでもない。
ただ、寂しくて、三歳の私は泣いていた。
「どうしてかおりには、お友達が出来ないの…」
私はみんなと一緒に鬼ごっこをしたり、かくれんぼをして遊びたかった。
でも、どうも人見知りをしてしまって、未だに友達はいなかった。
話し掛けたいケド、何を話せばイイか分からない。
話し掛けても、無視されてしまうかもしれない。
そんな事をいつも考えていた。
だから母さんは心配して、私を励ましてくれた。と、同時に、叱ってもくれた。
「お友達が出来ないのは、かおりに勇気がないから」
そう言って角砂糖を一つ、私の小さい手のひらに乗せてくれた。
「これはおまじないよ。このお砂糖をちょっとだけ舐めれば、きっと勇気が出るから」
と、母さんは微笑んでいた。
それから私は、頑張って勇気を出してみた。
その結果は何とも簡単で、すぐに私には友達が出来た。
勇気が欲しい時はお砂糖を舐める。
お砂糖を舐めれば勇気が出る。
でも、それは次第に、
『お砂糖が無いと勇気が出ない』
に変わっていってしまった。
それを見兼ねた母さんは、私から小さくなった角砂糖を取り上げたのだった。
それからの私は、また内気な女の子に戻ってしまった。