南風之宮にて 1-2
会議の間を出ると、扉の前に一人の男が立っていた。
「叱られましたな、ハヅル様」
「ほっとけ」
声の主は、睨みつけるハヅルに怯みもせずに笑った。
「アイサ。お前がどうして王宮に?」
まっすぐな黒髪をきっちりと結ったその男は、見上げるような長身だった。
髷を女物の色のついた掛け布で結んでいるが、それが甘い垂れ目の整った顔立ちに合っていて、いかにも伊達男らしく妙に様になっている。
ハヅルもよく知る一族の若者だった。
ただ彼は王宮務めではなく、里に常駐しているはずである。
ハヅルは怪訝に思って理由を質した。
「頭領宛に伝令がございましてな」
「わざわざお前が伝令役を?」
アイサの家は四頭家でこそないが、その一つであるシアの傍系にあたる。
シアの本家筋であるハヅルからみても血の近い家系だった。自然、彼の家は里の重鎮に数えられており、アイサ本人も使い走りをする立場ではない。
「里に何かあったのか」
「いやいや。ツミの里は平和そのものです」
ではなぜ、と訊ねる前に、彼は小さな子供にするように、ハヅルの頭をぽんぽんと叩いた。
「ハヅル様が一週間も前に帰国されたというのに、まったく顔を見せてくださらんのでな。報告ごとにかこつけて会いに参った次第です」
子供扱いが気に食わず、ハヅルは彼の手を払いのけた。
「里に帰る暇なんかない。いろいろあって姫の周辺がちっとも落ち着かないんだ」
「事情は、うかがっておりますよ。なに、ハヅル様がお元気なことはよく存じておりました。ただ、一月以上も外国に行っておいでの間に、どれだけ大きくなられたかと思うと、どうしてもお顔が見たくなったのです」
「大きく? 背なんかもうずっと伸びてないぞ」
きょとんとしてハヅルがアイサの顔を見上げると、彼は苦笑した。
「そのようですな」
苦笑しながら、彼は払いのけられた手を、めげずに再びハヅルの頭に戻した。
「しかし、ますますお美しくなられました」
「そんな世辞はいらん」
ハヅルはぷいと横を向いた。
「わたしはお世辞など申しませんよ、ハヅル様」
彼は笑って、くしゃくしゃとハヅルのふわりとゆるく巻いた黒髪を乱した。
「やめ…」
赤くなって抗議しようとしたハヅルだったが、皆まで言う前に、横ざまから割り込んだ声があった。