画面の中の恋人-7
名無男からの返信は、翌朝の早い時間に届いていた。前日にメッセージが届くと自動で携帯電話に知らせてくれるシステムに登録しておいたので、朝起きた瞬間にメッセージの受信に気がついた。出勤前にどきどきしながら画面を開く。
『ミコさんへ。 おはようございます。昨日は遅くまで家で持ち帰りの仕事をしており、返事が遅くなって申し訳ありません。さて、いただいたご質問の件ですが、僕は生まれてからずっと東京で暮らしています。仕事は普通のサラリーマンですが、不景気なのに従業員不足で悩んでいる不思議な会社で働いています。給料や待遇は可もなく不可もなく、といったところでしょうか。年齢は同じく30代ですが、前半か後半かというところはご想像にお任せします(笑) 結婚はしています』
結婚している、という文字を読んだとき、チクッと胸を鋭い針で刺されたような痛みが走った。馬鹿みたい、わたしだって結婚しているのに……動揺を抑えながら続きを読む。
『僕の方からミコさんへの質問があれば、ということですが、いろいろあるはずなのにあらためてそう言われると何から質問して良いのかわかりません。ブログを拝見して、ミコさんのことはだいたい知ったような気になっているからかもしれません(笑)
以前から少し気になっていたことなのですが、最近のミコさんは少し疲れているように思います。もし良かったら、なにか力になれないかなと思うのですが……と言っても、こうして話を聞くぐらいのことしかできないんですけどね。
変なことを書いてしまって申し訳ない。気に障ったら無視してもらってかまいません。
それでは、今日もお仕事頑張ってください。僕も頑張ります。 名無男』
彼らしい、押しつけがましくない文章。画面を閉じ、大急ぎで会社に向かいながら、乃理子はメッセージの内容を何度も頭の中で思い返していた。
名無男が結婚していたということが、自分でも驚くほどショックだった。そして、同じ東京に住んでいるということが嬉しかった。なんとなく、近くにいてくれるような気がする。そんなわずかな共通点が支えになるほど、乃理子の心は名無男に傾きつつあった。
元気が無いのは自分でもわかっていた。ブログの内容も以前は明るい話題と愚痴が半々くらいだったのに、最近では愚痴ばかりになってしまっている。仕事もたしかに大変だったが、何よりも家庭で満たされないことが大きかった。
嬉しいことがあっても、悲しいことがあっても、それを共有する相手がいないことが狂おしいほどに寂しかった。仲が良かった頃には、乃理子と明彦はお互いに何でも言い合える友達のような夫婦だった。あのまま一生楽しく暮らしていけると思っていたのに、人生というのは本当にどこでどうなるかわからない。
今のような冷え切った関係になってしまったのは、どちらが悪いということでもないのはよくわかっていた。もっとお互いに話し合う機会を持つべきだったし、そうでないのなら、子供もいないのだしさっさと離婚して新しい人生を歩き出せばいいのだ。
どちらの方向へも行動をとらないで、自分をまるで透明人間のように扱う明彦が憎らしかった。また、同じく自分から行動を起こせない自分にも腹が立っていた。愛情があるのかないのか、そんなこともすっかりわからなくなった。不満だらけの日常を抱えて、明るく楽しいブログなんて書けるわけもない。パソコンに向かって吐き出す言葉の端々には、乃理子の「助けて」「ここから救いだして」という無言の願いが溢れだしていた。