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7月。『熱い』夏がまたやってきた。
「おい、ケンタ、」
「なんだ。」
「おまえ、今度のブロック大会、どうなんだ?」
「どうって?」
「入賞できそうなのか?」
「どうかね。」
シンプソン健太郎は放課後、工業化学科クラスメートの天道修平と一緒にいた。修平は健太郎の中学時代からの親友で、現在剣道部の主将だ。
「そういうおまえは?修平。」
「団体戦は無理かもな・・・・。」
「なんで?」
「今年のチームはちょっと脆弱なんだ。で、水泳部、女子チームはどうなんだ?真雪とか。」
「マユも県では上位だがブロックレベルじゃないからな。まあ、やってみなきゃわからないけど。」
彼らの最後の正式試合、高校総体ブロック大会を間近に控えて、健太郎とその双子の妹真雪は水泳、修平は剣道の最終調整を行っている時期なのだった。
「どうして私がこんなところにいなければならないの?」眼鏡を掛けた見た目おとなしそうな女子生徒が、隣にいるポニーテールで栗色の瞳をした友人に言った。ここは高校の剣道場だ。竹刀の激しくぶつかり合う音で、二人の会話は困難を極めていた。
「だって、修平、かっこいいじゃん。」
「いや、だからどうして私が、」
「あんたもそう思わない?」
「そうね・・・・。」眼鏡少女春菜は、さして関心がなさそうに男達が竹刀を振り回す姿を眺め直した。「まだ伝えてないの?夏輝の気持ち。」
「え?何だって?」その夏輝と呼ばれた生徒は耳に手を当てた。
「伝えてないの?修平君にっ、あなたの気持ちをっ!」春菜は大声を出した。
「だって、恥ずかしいじゃん。」
「『恥ずかしい』?あなたに恥ずかしいなんていう感情があったのね。」
「え?何か言った?」また夏輝は耳に手を当てた。
「何も。」春菜はため息をついた。
「真雪も今頃、泳いでる頃かな。」
同じ情報システム科クラスのシンプソン真雪とは中学時代から仲の良い日向(ひむかい)夏輝は、剣道部主将の修平に『ほの字』だった。さっきから横で遠慮なく迷惑そうな顔をしているのは、デザイン科クラスの月影春菜。夏輝と真雪は三年になって間もない頃、体育の時間に見かけた、あまりのおとなしさ、あまりのまじめそうなオーラでなかなか友だちを作れないでいた春菜を半ば無理矢理友だちにしてしまったのだった。
その夜、修平と健太郎は電話で話していた。
「おまえ、知ってた?」健太郎が切り出した。
「何を?」
「おまえに告白寸前の女子がいるって。」
「は?知らねえよ、そんなの。」
「鈍いやつだな。」
「悪かったな。」
「気になるか?」
「当たり前だ!気にならないわけねーだろ!」
「夏輝だよ、夏輝。」
「はあ?!」修平は持っていたケータイに向かって大声を出した。健太郎は思わず自分のケータイを耳から遠ざけた。
「おまえ、気づいてなかったのかよ。」健太郎はちょっと呆れて言った。
「冗談言ってんじゃねーよ。あいつに好かれたって、俺全然反応しねーから。」
「何だよ、反応って。」
「俺のあそこはあいつには反応しねえよ。」
「お、おまえ、そういう尺度で女子とつき合うのか?」
「あったり前だろ!とどのつまり、つき合う最終目標はセックスだ。おまえもオトコだからそうだろ?」
健太郎は絶句した。
「じゃ、じゃあ、俺が夏輝とつき合ってもいいのか?」
「勝手にすればいいじゃねーか。俺には関係ねえよ。だが、そうなったら、聞かせろよ、エッチがどんなだったか。」
「ばかっ!」
「おまえ、今、赤くなってんだろ?かっかっか!そういうおまえこそさっさとコクっちまった方がいいんじゃねえか?夏輝に。早くしねえと、あいつ、俺にコクっちまうぞ。」
「大きなお世話だ。っつーか、おまえに言われても、全然釈然としないんだよ。」