永久の別離-1
聖堂に置かれたたくさんの棺桶の中に、それはあった。
周りが白い棺桶ばかりの中、たった一つ置かれている黒い棺桶。
ステンドグラスを通して聖堂内に降り注ぐ暖かな光。
あぁ、こんなにも暖かいのに。
「……コウカ、開けるよ?」
遠慮がちに掛けられた仲間の声にフッ、と我に帰る。
「……えぇ」
黒い服を着た人達が、その棺桶を開けていく。
中には白い薔薇が敷き詰められていた。
そして中央に横たえられているのは
「……ゼロ」
まるで眠っているかのような表情にめまいを覚えた。
声を掛けたらいつものように「もう少し寝かせてくれよ」と言いながらも、眠い目を擦って起き上がる気がして。
まだ、此処に居るような気がして。
「……ど、うして……ッ」
さっき声を掛けてくれた仲間が鳴韻を漏らした。
他にも涙を流している人がちらほら見える。
聖堂に悲しい音が響く。
「…………」
私は無言で棺桶に近付いて行った。
周囲の人間が息を呑むのがわかる。
スッ、と彼の頬に手を当ててみた。
だけど伝わってきたのは何時ものような暖かさではなく、氷のような冷たさで、私は現実を認めざるを得なくなってしまった。
彼が死んだという現実を。
私は気持ちを落ち着けるかのように一度深呼吸をすると、彼の額にかかっている前髪を払ってやり、そしてその額に口付けを落とした。
久しぶりの口付けは冷たくて、少ししょっぱかった。
「……おかえりなさい、ゼロ」
頬を水分が伝うのを無視して、私は彼に精一杯の微笑みをかけた。
この場で泣きわめいて縋り付けたらどれだけ楽だろうか。
「私を独りにしないで」と叫べたらいいのに。
けれど、私にその権利はないのだ。
それでも私は僅かな抵抗として、彼の左手の薬指にはめられた指輪を周囲の人間に見付からないように、そっとポケットにしまった。
これくらいは許してもらえるだろう。
「……後はお願いね」
涙を流している仲間達を一瞥すると、私は素早く聖堂から立ち去った。
私を呼び留める声が聞こえた気がしたが、そんな言葉に付き合っている暇はない。
あんな場所では別れの言葉なんて吐けやしない。本心を見せれやしない。
ポケットの中の指輪を握り締めながら、私はあの場所へと急いだ。
敷地内にある中庭の更に奥にその場所はあった。
彼が私だけに教えてくれた秘密の場所。
小高い丘の上に桜の木が一本だけぽつんと立つその場所は、彼と私が唯一本心を見せれる場所だった。
陽が沈むまで語り合ったり、時には血生臭い戦場から逃避するのにも使った。
何故か一年中咲き誇り、枯れることのないその桜の木にもたれかかると、私はポケットから指輪を取りだし、自分の薬指にはめてみた。
少しサイズが大きいソレは、ちょっと腕を振っただけで何処かに跳んで行ってしまいそうだ。
「チェーンを通してネックレスにでもするか……」
軽く溜め息をつきながらソレを外して、夕陽にかざしてみた。
「ーーー約束、するよ」
脳裏に蘇る彼の言葉。
最後に彼を見た日もこんな風に夕陽が綺麗な日だった。
「……約束、守ってくれなかったじゃない……」
視界に映る夕陽が次第ににじんでゆく。
「……約束、し、た……じゃない……っ」
溢れだした涙は次々と頬を伝い、私はまるで子供のように声を上げて泣き始めた。
溜っていたものを全て吐き出すかのように。
ただ側にいて欲しかっただけなのに。
私の存在を認めてくれたのは、貴方の愛と温もりだけなのだから。
だから、聞きたくないよ。
知りたくないよ。
貴方がもう居ないだなんて。