8-1
「十一月に入ったらすぐ、同級会があるんだってさ」
今日は少し早く帰ってきて茶の間の炬燵に入っていた総司がそう言った。「同級会」という聞きなれない言葉に「同級会?」と訊き直した。
「同窓会みたいな物だよ。東京じゃ同窓会が主流だもんな」
いまいち掴めなかったが、まぁ同じ年の人が集まって食べたり呑んだりするって事だろう。
「東京に出てる奴も来たりするから、ホテルでやるんだって。俺、今まで仕事で毎年パスしてたから、全然知らなくてさ」
テレビを見ながら「ほら」と手渡された葉書には、ホテルの名前や時間等が記されていた。
「これって、陽子さんも行くの?」
「え、知らないけど。赤ん坊産まれたばっかりだから、どうだかね。何で?」
ヤッた事があるのかどうかなんて、訊ける訳が無かった。
「別に。私が知ってる人って、陽子さんぐらいしかいないからさ」
その日は土曜日で、土日関係なく仕事をしている総司は不在だった。
義母は茶の間でテレビを見ていたので、その間に座敷を掃除していると、玄関の引き戸が開く音がした。
「ごめんください」
その声は若い女性の声で、私は掃除機を止めて玄関に出た。私と同じぐらいの背丈の、ポニーテールに髪を結っている女性が立っていた。
「はい、何でしょうか?」
私は努めて笑顔で応対をしたが、彼女は私ではなく、私の奥へ目線を遣っている。
「あの、総司さん、いらっしゃいますか?」
私は数度瞬きをして、「仕事ですが」と答えると、彼女は明らかに肩を落とした。
「どなた?」と後ろから義母の声がした。
「こずえちゃん?」
「あぁ、おばさん、お久しぶりです」
こずえちゃんと呼ばれたその女は義母とも知り合いらしい。
「この子、総司が野球やってた時のマネージャーさんなの」
義母が私に紹介し、私はスーパーのレジを打っていた女性を思い出した。
「あぁ、スーパーの」
「え、ご存じなんですか?」
こずえという女は私の方に硬い笑顔を向けた。目が、笑っていない。
「えぇ、お母さんなんですか?レジやってらっしゃいますよね」
スーパーで会った事を告げた。
「総司さんが東京から戻ってきたって知って、会いたいなって思ってあの、すみません」
私に向かってぺこりと頭を下げた。頭を下げるぐらいなら会いに来るなと思ったが、勿論口には出さず、代わりに社交辞令が吐いて出てくるのだった。
「明日なら休みですから。もしいらっしゃるなら明日、いらしてください」
本当は来て欲しくなど無いが、私は列記とした妻であって、恐れる物など何もないのだ、と、自分に言い聞かせる。
明日顔を出しますと一言言って彼女は踵を返して車に乗って走り去った。
走り去る前に、私を値踏みするように上から下まで目線を動かした事に気づき、不愉快だった。
義母は私の後ろでふーっと長い溜息を吐いた。
「あの子ね、総司に惚れてたのよ。しつこいぐらいにね」
短く切りそろえた髪をぐしゃっと掻き、「しつこい」と再度口に出し、茶の間へ戻ったので、私も後ろからついて行った。
「あの、明日来てくれなんて言わない方が良かったですか?」
横になってテレビに目を向けていた義母は急に体を起こし「そんな事無い」と首を横に振って否定した。
「あんな風に来られたら、エリカちゃんがしたように対応するしかないでしょ。どうせ二言三言喋ったら帰るでしょ、あの子も」
再び横になった義母はリモコンを持ってチャンネルを操作しながら昔を懐かしむように言った。
「総司はね、女には苦労させられた子なんだ。自分で言うのもアレだけど、何かとデキが良かったからさ」
それはちっとも自慢げに聞こえず、義母も一緒になって迷惑を被った事が多々あったのだろうと思わせた。
義母はもともと横浜の生まれで、見合いでこの田舎に嫁ぐことになったという話だ。もともと役所勤めをしていた事もあり、今も町役場で働いている。この町にいるどの中年女性よりも、義母は身綺麗にしている。
「ここでは洋服も手に入らない」と言って、インターネット通販で洋服を買うよう、義母に勧められた。彼女もそうしているらしい。