王国の鳥-8
観察する無遠慮な視線を感じてか、エイは彼女に話しかけてきた。
「君は、アハトの仲間なの?」
「同じ一族の者だ」
彼は、そう、と短く頷いた。
しばらく沈黙が続いた。会話は終わったものとハヅルが判断したころになって、エイはまた口を開いた。
「じゃあ君も、彼みたいにできるんだね。あの黒い……」
「なぜ、そんなことを知っている?」
彼の言葉を皆まで言わせず、ハヅルは勢いよく彼を振り返った。
「なぜって……彼に紹介してもらったから」
「王子が? 一族のことを?」
ハヅルは戸惑った。戸惑う彼女に、相手も困惑している様子だ。
ツミの一族の本当の価値はロンダ―ン王家の、それも直系の者のみの秘め事だ。彼ら一族はそこらにいるただの忍びの者とは違う。
エイが口にしようとした事実は、他者に、特に他国の王族などに知られて良いことではなかった。
「王子はなぜそんな……」
考え込みそうになったハヅルの意識を引き戻したのは、王女の浮かれた声だった。
「ねえ、ハヅル。この領巾をどう思って?」
店先に並ぶ、肩に巻き付ける飾り布を手にして彼女は首をかしげていた。透ける織りの薄もので、既製品にしては良い品のように見える。
「よくお似合いですよ」
「あら、そうではないのよ」
素直に感想を言ったハヅルに王女はなぜか首を横に振った。
「わたくしではなく、お前の好みを訊いているのですよ」
ますますわけがわからず、ハヅルは首をかしげた。
「? どうしてですか?」
王女はあきれたようにため息をついた。
「お前も少しは娘らしいものを身につけなければ。もう十五歳でしょう? 許嫁もできたのですから、たまには着飾って、アハトを驚かせておやりなさい」
「なっ……」
不意打ちに、ハヅルは絶句した。
婚約の話などほとんど忘れかけていたのに、こんなところで蒸し返されようとは。
「私は承知していません!」
「わたくしは賛成よ。お前とあの子、二人並んでいるとぴったりお似合いでしたもの」
とんでもないことを平然と言いながら、彼女は手にした領巾をハヅルの肩にふわりと着せかけた。
「エイ殿はどうお思い? この子に似合うと思いません?」
少女二人のやりとりをぼうっと眺めていたエイは、不意に問いかけられて、慌ててハヅルの姿に視線を走らせた。
「ええ……よく似合うと思います」
「そうでしょう」
ほとんどただのオウム返しだったが、王女は気にする様子もなく満足げに頷いた。
「エイ殿は、兄上の御側付きのアハトのこともよくご存じなのでしょう。どうかしら。あの子の好みに合っていて?」
「さあ……僕は、彼の好みまでは、」
わかりません、と小声で言ってから、彼はようやく何かに気付いた顔をした。王女からハヅルに目を向ける。
「え? ああ、じゃあ君はアハトの?」
「だから違うと……!」
真っ赤になって否定しようとしたハヅルだったが、最後まで言えなかった。
目の前のエイが、その一瞬に表情を変えたためだ。
灰色の眼が鋭さを増し、佇まいまでも張り詰めたものに一変していた。