王国の鳥-7
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一般人に身をやつしての、いわゆるお忍びでの外出は初めてではない。
ロンダーンの王女はごく上品で美しい、一般に言われる深窓の姫君そのものではあったが、奥深くに守られかしずかれる生活というのは存外ストレスがたまるものらしい。
数年前にハヅルという専任の護衛役が付いてからは、衛兵や女官をぞろぞろくっつけて出る必要がなくなったためか、その頻度は月ごとに何割か増していた。
楽しげに前方を歩く王女から目を離さないよう気をつけながら、ハヅルは再びため息をついた。
見る限り、王女にはどこか目的の場所があるわけではないようだ。商品の並んだ飾り窓を眺めてみたり、道端の大道芸にその他大勢の市民に混じって立ち止まってみたりと気まぐれそのものである。
困るのは、彼女が身をやつしても美人には違いないということだ。
世継ぎの王子と違って、めったに一般人が間近で見る機会のない王女なので、よほどの王室狂いでなければそれと気付かれる心配はない。
とはいえ、すれ違うもの皆振り返るような目立ち方をして良いことなど一つもない。
もう少し顔を隠す工夫をするなりしてほしいとハヅルは毎回苦言を呈するのだが、聞いてもらえた試しはなかった。
ただ、王女にも言い分はあった。
道行く人すべてが彼女に振り返っているわけではない。外見で目立っている点に関してはハヅルも同様なのだ。
今日はさらに目をひく少年が一人加わっているので、振り返る人の数は三乗にもふくれあがっていた。
三人組に注目する目の三分の一は自分に向けられていることになど気付かぬまま、ハヅルはエイと並んで歩いていた。
不機嫌な顔のハヅルに気をつかってか、単に無口なためか、エイは自らはまったくしゃべろうはしなかった。
「エイ」
「何か?」
外国の、とはいえ王族に連なる者を呼び捨てにして、無礼なと咎められるかと思ったが、エイは表情一つ変えずに応じた。
ハヅルに言わせれば、ツミの一族にロンダーン王家以外に礼を尽くす相手などいないので、当然のことではあるのだが。
「何かあっても私は姫以外は守らないので、そのつもりで」
エイはわずかに目を瞠った。
「あ……もちろんです。僕のことは気にしないで」
平坦な調子で、さらりと彼は言った。
ハヅルの不躾な物言いに少し驚いた素振りを見せた他に、彼がどう感じたかをはかる材料はなかった。
王侯貴族の類いといえば、知らぬこととはいえツミの者をただの衛兵と思って礼節を求めるのが常だったので、ハヅルは少々意外に思ってエイを眺めた。
西の小国アールネからの留学生、と銘打っているが、実態は人質であることは明白だ。
彼の国は昨年の領土戦争で敗北し、ロンダ―ンの属国扱いとなっている。彼はその戦争の折に亡くなった国主の末弟だという話だ。
だが彼が並外れて優れた剣士で、王子のお気に入りであるという噂は周知のものだった。
とてもきれいな少年だった。
女性的な部分は全くないが顔立ちは整っていて、端正という言葉がぴったり似合う。
独特の色合いの虹彩が、表情のひとつひとつを超然と見せていた。
あの人の好みにうるさい、わがまま王子が気に入るのも頷ける、とハヅルは思った。