王国の鳥-6
「それで?ハヅルは何をだめだと言っていたんだ?」
「グラリスの都は久しぶりですので、市街に出てみようと思いましたの。……視察に」
「なるほど視察に、な」
王子は笑った。
「エイ。妹について行ってはどうだ?」
「え? でも……」
王子の突然の思いつきにエイは何事か言い返そうとした。
だが王子は良い考えだと思ったようで、彼に皆まで言わせなかった。
「護衛の代わりだ。ついでに市街を案内してもらうといい。お前、こっちに来てからまだ一度もグラリスの街を見ていないだろう? 俺と一緒では目立って楽しめないしな」
「護衛だなんて。エイ殿は留学生の身で、わたくしを守る立場ではありませんわ」
王女は困惑を隠さずにそう言った。
「それに、護衛でしたらハヅルがおりますのに」
「ハヅルも一応、女の子だからな。エイはすごい剣士だから、二人そろって守ってもらえばいい」
ハヅルに抗議の余地は与えられず、王女の外出とエイの同行はいつの間にか決定項となっていた。
今は部屋に王女と女官たちを残して、四人は扉の外にいる。王女の着替え待ちである。
扉の前で壁にもたれながら、ハヅルはため息をついた。
「ハヅル?」
隣に立っていたアハトが聞きとがめた。彼女は幼なじみの顔を見上げた。
背が高く鍛えられた体躯の王子やエイと比べるとまだずっと小柄で、いかにも成長途中のひょろりと痩せた体格だ。
だが、先程奥殿で会ったときには気付かなかったが、ひと月半会わない間にまた背が伸びている……ような気がする。
年下のくせに、とハヅルはおもしろくなかった。生まれは二ヶ月しか変わらないのだが。
ハヅルの身長は一年も前から伸びる気配がないが、アハトは彼女より小さかった子供時代を取り戻すように、ここに来てめざましい成長を続けていた。
「お前も少しは援護してくれてもいいのに。私に二人も面倒みろって言うのか」
ぼそ、と王子の耳に入らぬようにこぼすと、アハトも小声で応じた。
「エイを守る必要はない。王子の言う通り、彼は強い。お前と彼の二人ならば、姫もより安全だろう」
思いもかけない言葉に、ハヅルは驚いて幼なじみを見た。
アハトが、他人を指して『強い』など、よほどのことだ。
ほどなくして扉から出てきた王女は妙な格好をしていた。
いや奇妙というのではない。ただ王女が纏うにしてはずいぶん質素な平服だった。
一体どこから手に入れてきたのか、王都グラリスで若い娘に流行りの服飾店の標章がのぞいている。
彼女は当然のように並んで立っているハヅルとアハトを、意味ありげに眺めてから、にこりと微笑んだ。
「待たせましたね。参りましょうか」
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