王国の鳥-5
女官の案内も請わず、王女の私室に無断で入ってきたのは、彼女の双子の兄である世継ぎの王子その人だった。
「まあ兄上」
王女は驚いたのだろうがその素振りを見せず、すっと優雅に立ち上がった。ハヅルも慌てて席を立つ。
王子は彼女らの礼を制するように手を挙げてみせるとそのまま奥に歩いてくる。
彼に続いて見慣れぬ少年が、それから衛兵服のアハトが背後に付き従ってきた。ハヅルは思わず目をそらした。
「昨日は一緒に夕食をとれなくてすまなかったな」
ハヅルの退いた席に、どっかりと座って王子は言った。
「ご多忙の身ですもの。残念でしたけれど、仕方がございませんわ。今晩はご一緒してくださるのでしょう?」
兄の率直な詫びに、王女は微笑んだ。
「母上にも念を押された。家族がそろった久々の晩餐をすっぽかすとは何たることだ、とな。遊びに行ったとでも思われたらしい」
王女は上品に口元を隠しながら、笑い声を洩らした。
「あら、遊びに行かれたわけではありませんでしたの?」
妹姫の言いぐさに、王子はあきれた顔をした。
「何だ、お前まで疑っていたのか?」
参ったな、と彼は高貴な生れらしからぬ仕草で頭をかいた。
「昨夜は他にご予定はなかったはずなのにと、母上が仰せでしたもの。ねえアハト? あなたは兄上がどちらに行かれたか知っていて?」
王女は、ハヅルとともに脇に控えて立っていたアハトにちらりと目をやった。
まさか自分に話が向くとは思っていなかったのだろう、アハトはわずかに、誰にもわからない程度に目を瞠った。
「それは……」
「何も言うなよ、アハト」
王子が慌てて釘をさす。アハトは口を閉ざし、目を伏せた。
「今日は行くとするよ。母上のおかんむりはもうごめんだ」
「楽しみにしております。ところで兄上」
「うん?」
「そちらは……」
王女は笑みを絶やさぬまま、所在なげに兄の背後に立つ少年を示した。
「そうだった。今日はこいつを紹介しに来たんだ」
王子はガタンと音を立てて立ち上がると、連れの少年に並んで彼の肩を押し出した。
「紹介しよう。俺の親友のエイだ。西のアールネの公弟で、先月から留学生として我が国に来た」
「ずいぶん早くに親友になられましたのね」
微笑んで手をのべた王女に、エイと紹介された少年は緊張した様子で礼をした。
「知り合ったのは昨年だがな。何というか、面白い男なんだ」
な? と王子は彼の肩を叩いた。
「いや、別に面白くはないと、思いますけど……」
エイは困ったようにぼそぼそと呟いた。
「灰色の髪と眼をした、西の国の天才剣士」
王女は何か諳んじるようにそう口にした。
「兄上のお手紙に書かれていたとおりの方ですね。一目でわかりました」
「え……手紙に?」
何と書かれたものか気になったのだろう。彼の、ほとんど白に近い灰色の双眸が、不安げに王子に向けられた。
王子は素知らぬ顔だ。
「兄上が自慢されるだけのことはありますね。お会いできてうれしいわ」
「こちらこそ……光栄です、王女様」
にこりと笑みを向けた王女にエイは色白の目元を赤く上気させた。