王国の鳥-4
「そう。それでは、ケイイルのアハトは? 彼もケイイルをつなぐために奥方を娶らねばならない身でしょう。里に恋仲の娘などいないのかしら」
「あいつにそんな相手……」
いない、と答えかけて、ハヅルははたと口を閉ざした。
思い起こせば、里の年の近い少女たちが、井戸端会議にアハトの名を出してきゃあきゃあ騒ぐことはよくあったのだ。まじめに聞いていなかったが、もしかしたらそんな相手の話も出ていたのかもしれない。
そう思ったとたん、謎の不快感がこみ上げてきてハヅルは知らず顔をしかめていた。
だがそんな相手がいる男が、あんなことを言うだろうか……つまり、ハヅルとなら結婚してもいいというあの台詞だ。
「各々の家の唯一の後継者なのに、今日になるまで婚約の話をされたことがなかったというなら、エナガ殿やサケイは最初から、お前たち二人を娶せるつもりだったのではないかしら。わたくしにはそう思えますよ」
王女の一連の言葉は、確かにハヅルにとっていつまでも無視できない事実を含んでいた。
家の存続について、今までほとんど意識せずに来た方が間違いというものだ。
彼女もアハトももうすぐ十五歳になる。本来ならばとうの昔に許嫁を定められていても文句は言えない。彼女たちはそういう立場にいた。
「それにしても、急すぎます」
それでも、急に実感の湧く話ではない。
サケイにとってすれば急ではなく、この年まで自由にさせてくれたつもりなのかもしれないが、何の準備もなく聞かされる身としては、とてもありがたいとは思えなかった。
「大目に見ておあげなさい」
王女は慰めるような口調で言った。顔はなぜか楽しげに笑っていたが。
「サケイもアハトも、会うのは久しぶりだったのでしょう? 一昨日に帰国してから、わたくしに付きっきりでしたもの。こうして落ち着いたのですから、もっとゆっくりしてきても良かったのですよ」
ハヅルはふてくされた表情で応えた。
「いいんです。王都にいればいつでも会えますから」
そう言ってから、ふと目を上げて王女をうかがい見る。
「……もし姫がお邪魔なら、身を隠していますけれど」
「あらそれではつまらないわ」
年上の王女は子供のような物言いをした。
「実はね、お前が戻ってきたら話そうと思っていたのですけれど」
彼女はコホンと一つ咳払いをしてから、にっこりと笑った。
「今日は晩餐まで予定がないでしょう? せっかくですから、市街に出てみようかと思うの」
「市街に? でも、市街の行事に出席の予定もありません。どちらにお出かけを…」
首をかしげてそこまで言ってから、ハヅルは顔をしかめた。王女の言わんとすることに気付いたのだ。
「まさかお忍びで? だめに決まっています、そんなこと」
ハヅルはきっぱりとそう言った。
なおも言い募ろうとする王女に、絶対にだめだと重ねて念を押したとき、
「なんだなんだ。ずいぶん冷たいな、ハヅル」
背後から突然かけられた、からかうような声音に二人は反射的に扉を振り返った。