王国の鳥-3
聞き出し上手の王女の口八丁に乗せられて、冷静さを失っていたハヅルはお茶を一杯飲む間に、先ほどの一幕についてあらかたしゃべらされていた。
アハトとのやりとりは決して口にしなかったが。
「だいたい、私が嫁いだらシアの家名は絶えるのです。あの祖父はそれをどう考えているのか……」
「ツミの里の四頭家のことね。わたくしそのお話は大好きよ」
里には四頭家と称される、代々優れたツミを生み出し一族の頭領を多く輩出してきた四つの家系がある。
現在の頭領は四頭家の一つ、ナオイの家の当主である。そして、ナオイの最後の一人でもある。
四年前に彼の息子が任務に斃れ、次期頭領は自動的に、同じく四頭家の後継者である、ケイイルのアハトかシアのハヅルのどちらかに譲られることが決まった。
二人は同じ年の生まれで、武事にも文事にも同じほど優れた評価を受けている。
男女の別はあるものの、アハトは天涯孤独の身であり、ハヅルには副頭領を務める祖父がいた。
どちらを推す声も多く、後継競争は拮抗しているかに見えたのだが……
「ハヅル、お前は女頭領になりたいの?」
この話題になるといつもするのと同じ質問を王女はした。
答えが分かっているからか、彼女の顔は半分笑っている。
「まさか。頭領になんて誰がなりたいものですか」
いつも通りの答えをハヅルは返した。ふふ、と王女は笑い声を洩らした。
「口ではそう言うのに、いつも悔しそうな顔をするのね」
「……悔しいものは、悔しいですから」
拮抗した、場合によっては里に火種を生みかねなかった競争は、結局すぐに終息した。
二年前、頭領エナガと副頭領サケイの両方が、当時十二歳のアハトを次期頭領に指名したのである。
「サケイに理由は訊いたの?」
「あいつの方が向いてるから、と」
文武においてハヅルがアハトに劣っているところなど一つもない。
その点は彼女の祖父も認めたが、別の部分でアハトの方が頭領にふさわしいと彼は孫娘に語って聞かせた。
頭領という役割には、強さや賢さ以外に必要不可欠なものがあり、その一事においてはハヅルよりもアハトの方に素質があるのだ、と。
祖父の言いたいことはわかっていた。
確かにアハトはやけに人望がある。
無表情で無愛想でぶっきらぼうで、およそ人好きのする性質ではないくせに、彼を慕ってその命ずるまま命も捨てようという同胞が何人もいる。
ハヅルはアハトを誰よりもよく知っている。
彼が悪い人間でないことも、無愛想で鉄面皮だがそれも完璧ではなく、彼女ならば感情の動きを容易く読み取れることも。
他の一族の者たちはそこまでできないはずなのだ。ハヅルほど彼を知らない。
それなのに、表に顕れた部分だけでなぜ彼を慕えるのか、ハヅルにはわからなかった。
王女は愛らしい仕草で首をかしげた。
「わたくしがアハトと言葉を交わしたのは、彼が兄上の警護役に任じられた折だけでしたね。姿は幾度も見かけていますけれど」
「無愛想でしょう」
ハヅルがそっけなく言うと、王女は困ったように苦笑した。
「最初に会った頃はまだ幼かったけれど、最近ではずいぶんと立派な若者になったと思いますよ。正体を知らぬ女官が騒いでいるのを幾度も聞いていてよ」
次に戸惑ったのはハヅルの方だった。
「あいつが?」
「身近すぎると気付かないものかしらね」
王女はため息をついた。
「ツミの他の娘とは、そういった話はしないの?」
「そういった?」
「殿方の話ですよ。お前が嫁げばシアの名が絶えると言いましたけれど、他家に嫁がずとも結婚はしなければ、家名が途絶えることに変わりないでしょう。誰か夫となる方に心当たりはあったの?」
王女の問いの意味に、
「ありません、そんなもの」
ハヅルは強く頭を振った。考えたこともない。