王国の鳥-2
「祖父殿に会うのはひと月半ぶりだろう。家族水入らずでゆっくりしていったらどうだ」
「してられるか!」
回廊を並んで歩きながら、アハトの落ち着いた言葉に否定を叩きつける。
アハトの言うとおり、仕事で外国に滞在して、帰還したのが一昨日。
帰還後しばらくは多忙でなかなか自由な時間もとれず、祖父や同僚以外の一族とも顔を合わせていなかった。緊急の呼び出しに慌てたのは、そのせいもあったのだ。
祖父や誰か親しい者に、何かあったのでは、と。
「ひと月半ぶりの再会でいきなりこれだ。こっちの気も知らないで……!」
「落ち着け、ハヅル」
なだめる気が果たして本当にあるのか、その口調は淡々としていた。
もちろんそれはハヅルの神経を逆撫でするばかりだった。
「お前もお前だっ! 考えもしないで返事して……後からごまかしなんか効かないぞ、あの祖父は!」
気がついたときにはどうにも逃げ切れなくなるところまで手配してしまうだろう。そう続けようとしたハヅルを、不本意そうにアハトが遮った。
「別に考えていなかったわけじゃないぞ」
ハヅルはその意味に全く気づかず、
「考えていたら、あんな返事するか?」
彼女の応答に、少年はため息をついた。明確に、意味が伝わるように言い直す。
「俺は、お前ならいいと思ったんだ」
「……」
ハヅルは返す言葉を失った。頭の中が真っ白になった。意味が……
「え……私なら?」
混乱している。
その混乱を見て取ったのか、アハトが続けた。
「他の女なら、もっと考えていた。どう言えば失礼にならず断れるか、な」
ハヅルは沈黙した。
アハトもそれ以上は何も言わなかった。
※※※
「ハヅル。サケイは何のお話でしたの?」
「な……んでもありません!」
戻った先…後宮の中心、王女の住まいである君影宮で、王女その人に顔を見るなりこう問われ、ハヅルは真っ赤になって叫んだ。
緊急の呼び出しを受けて飛び出したときのまま、卓上にはハヅルの分の香茶と茶菓が並べられている。
王女が向かいに座り、優美なしぐさで自身のカップを持ち上げた。
つまり、彼女が中座したのは王女とのお茶の席だったのである。
移動を含め一ヶ月半の外交行事から帰国した王女が、休む間もなく王への報告他様々な雑事をつつがなくこなし、やっととれた休息のひとときであった。
王女の警護に任じられているハヅルも、当然その旅程に随行した。
そのねぎらいにと、王女は彼女にも香茶を用意してくれたのだ。
後宮には他にも多くのツミの者が務めている。
だが彼女たちは通常、物陰に潜んで、あるいは女官に扮して警護の任にあたっており、こうして衛る当人と交流することはない。
それができるのは王宮で三人だけだった。
すなわち、王に付く彼ら一族の頭領、世継ぎの王子に付くアハト、その妹王女に付くハヅルである。
王の直系の血族のみが、ツミの精鋭と専属に契約し付き従えることができる。
王妃や臣下に降った王族は、警護の対象ではあるがその数には入ってはいない。
ロンダーン王家とツミの一族の契約関係は、ロンダ―ン建国当初から続いていた。
契約の内容は、王の家族と王宮を守り、その王権を後押しすること。
東海に浮かぶ島から大陸に渡ってきたというロンダーン王家の祖が、武技に長けたツミの一族の祖を雇用して戦に勝ち、領土を切り取って建国したのが始まりだ。
もう千年も昔の話である。
現在、ツミの里は国内のとある山中に厳重に隠されている。
彼らは幼少から厳しい訓練を施され、一人前と認められたあかつきにはこうして王宮に遣わされるのである。