わたしとかれ-1
わたしは今日も、彼を待っている。
黄緑色と深緑の派手なストライプをした道化服。
手には細長いフルートをもった、悪魔の青年。
『笛吹き』
辺りには、わたしよりもスラリとした肢体の子も沢山いるのに、とても良い香りをまとった子もいるのに、彼はいつもわたしの膝に横たわる。
わたしはずんぐりした体つきにボサボサの頭で、ただ身体だけむやみに大きい。
役立たずの代名詞みたいに言われるのに慣れていたから、彼がいつもわたしを選んでくれるのが、信じられなかった。
どうせすぐ、他の子のところに行ってしまうと思っていた。
けれど、彼はわたしを選び続けてくれた。
一ヶ月もの間、毎日来たり、ときに何年もこなかったり。
彼がここを訪れるのは、ひどく気紛れな周期だけれど、ここで彼が横たわるのは、決まってわたしの膝だけだ。
「――そんで、どうしてソイツがそんなに上手くドラゴンを狩れたかっていうとさ、ちゃーんと仕掛けがあったんだなぁ、これが……」
わたしは声を出せないから、黙ってただ彼の話に耳を傾ける。
「――さぁ、お姫さんは王子との結婚をいやがって、ヘソを曲げて塔から出てこない。困った家来たちが、なんて言って誤魔化したと思う?魔女の呪いで眠らされてるなんて言っちまったもんだから、濡れ衣きせられた魔女が今度は怒り狂って、国中眠らせて大混乱!アハハハ!!それから王子は……」
彼は次々と言葉の音楽を紡ぎ上げ、絶え間なく喋り続ける。
時折うとうとと眠りこみ、それから起きて、また喋る。
時にフルートを奏で、それからまた喋る。
この地で生まれ育ち、ここ以外の景色を知らず、ここで一生を終える運命のわたしは、彼の話で世界を知る。
東の島に住む女戦士の冒険。
南の国を統べる女王の話。
西の国へ逃げたオオカミ男の行方。
北国の孤独な魔人の恋物語。
幸せで幸せで、怖いくらいに幸せすぎる時間が、ゆっくり流れていく。
春が来て夏が過ぎ、秋が訪れ、冬を過ごし……何回も何百回も季節は移り、世界は変わり続けていく。
彼が語ってくれる世界も変化を続け、ここから見える、ずっと同じだった景色にさえも、変化の兆しは訪れていた。
いち早くそれを察したのは、獣や鳥たちだ。
不穏な空気を感じ取り、家族を引き連れて住み慣れた地を捨て始めた。
一歩も歩けないわたしは、黙ってそれを眺めていた。
熱が迫ってくる。
真夏の太陽の下に、真夏の太陽よりも無残で容赦ない、ただ命を奪うためだけの炎が……