わたしとかれ-2
「――よぉ」
随分久しぶりに、黄緑色と深緑の派手なストライプをした道化服が現れた。
血と火薬と焦げくさい煙のただよう中、いつもと変わらない踊るような足取りで、ひょいひょい歩いてやってきた。
だが、いつものようにわたしの膝へ寝転ばず、彼はわたしをじっと見上げ、静かに言った。
「ここももうじき戦火で焼ける。お前も死ぬぜ」
それはもう知っていたから、わたしはちょっとだけ身体を震わせて頷いた。
「……なぁ、お前は新しい身体がほしいか?」
不意に、彼がそう言った。
とても驚いた。
彼は星の数よりも多くの言葉を発し、数え切れないほどの話をしてくれたけど……
わたしに何か尋ねたのは、初めてだった。
「歩ける足と、喋れる口。空を飛べる羽根だって、つけてやってもいい。世界中のどこにだって行ける」
いつも陽気な彼が、ひどく悔しげで忌々しそうな表情を浮べていた。
「タダ働きなんか、死んだってしねぇのが悪魔なのによぉ。失格だなぁ。でもまぁ、からきしタダってわけでもねーか。お前の膝で、ずいぶん居眠りさせてもらったから、そのささやかなお返しってヤツだ。なぁ、そんでどーすんだ?早く言えよ」
熱がさらに迫ってくる。
わたしの緑の髪がしおれはじめた……
「俺はな……お前と過ごした時間が、まぁ、そんなに嫌いじゃなかった。つーか、気に入ってるほうに入れてやってもいい。だから……お前は頷くだろ?なぁ?」
――歩ける足と、喋れる口。空を飛べる羽根。世界中のどこにだって行ける。
とても素敵なお誘いだった。
信じられないくらい、幸せで……だから、ゆっくりと身体を横にゆすった。
(いいえ)
その新しい体と引き換えに、彼を休ませる膝をわたしは失ってしまう。
それなら、彼と出会って過ごしたこの地で、彼に愛されたこの身体を持ったまま終わりたい。
わたしに言葉が話せれば、それを全部、彼に伝えられるのだけれど……。
「――――――そっか」
深い深いため息をつき、彼はフルートを取り出した。
魔性の音色が漂い、わたしを包んでいく。
一つ……また一つ……この季節には付けられるはずがない、わたしの身体を飾るたった一つのアクセサリーが、咲き出した。
満開の白い花を咲かせた、わたしのずんぐり太い幹を、彼が抱きしめた。
「ありがとう」
たった一言。それだけだった。
でも……何百年も生きていて、すっかり物知りになっていたわたしは知っている。
太陽の光を浴びながら、悪魔が心の底から『その言葉』を口にすれば、どうなってしまうか……
灼熱の炎が迫る。
瀕死の騎馬に跨った敗残兵達が、丘の上にあるこの小さな木立に逃げ込み、彼らを狙った火矢が、つぎつぎと飛来する。
わたしは必死で枝を伸ばし、もう動かなくなった『悪魔』の身体を覆い隠した。
無数の火矢が、枝に、幹に突き刺さり、燃え広がっていく。
彼が咲かせてくれた最後の白い花も、一つ残らず燃えていく。
彼の身体を隠そうと無理に折り曲げた幹に亀裂が入り、ついにわたしの身体は真っ二つに折れた。
(アリガトウ)
わたしは声を出せず、彼はもう聞くことができないけれど、何度も心で繰り返した。
(アナタ ニ アエテ ホントウニ シアワセ デシタ)
(アリガトウ アリガトウ …………アイシテイマス)
この地で生まれ育ち、ここ以外の景色を知らず、わたしはここで、最愛の彼と一生を終える。